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ふくはく見聞録


アーカイブ〜過去にご紹介した、ふくはく見聞録〜

古くからの商人の町「博多」と城下町「福岡」。この二つの町が合体して誕生した双子都市が福岡市つまり『福博』です。そんな『福博』の、時を経ても人々の心に残る「あの風景」や、往時の姿を残す建造物、100年以上も連綿と続く老舗、そして現在進行中のプロジェクト・・・。


<<< 2007年放送分  
2008/1/1〜15放送

まっすぐに人生を懸けて〜筑前博多矢

弓矢は昔から戦(いくさ)の神様として奉られ、また家内安全、無病息災を願う厄除けや魔祓いのためにも用いられてきました。宮崎弓矢製作所で作られる「筑前博多矢」は一本一本手作業で丁寧に作り上げられます。七輪の前に座り「火入れ(焦がす)」という作業が出来る職人は今では全国に5軒ほどしかありません。火にあて竹を真直ぐにする作業を繰り返し行い、硬く強い矢を作っていきます。矢の長さや強さは使う人の体型よって違い、それをその人に合うように作れるのも長年の経験があるからこそ出来る技なのです。矢づくり一筋50年、伝統を守り受け継いできた職人技をご紹介します。


2008/1/16〜31放送

福岡の引札(ひきふだ)

引札は、店や商品の宣伝、開店や売り出しの告知のために配られたチラシです。テレビやラジオのない時代、引札は、重要な宣伝の手段でした。明治時代、全国規模の博覧会は、店と商品の知名度をあげる絶好の機会で、引札には、こうした博覧会などでの受賞歴が刷り込まれていることがあります。明治10年に開催された第1回内国勧業博覧会に福岡から出品し、褒状を受けた人物の中に、磯野七平(1853〜97)と、河原田平助がいます。磯野は、明治26年から2年間、第2代福岡市長を務めた人物。また、河原田の復古堂は、江戸時代から続く筆や紙を扱うお店です。番組では、福岡発で全国ブランドになった数々の引札のルーツを探ります。


2008/2/1〜15放送

十日恵比須神社詣り “正月大祭”

博多の正月の風情として、毎年多くの参拝者の目を引いている博多券番(芸妓)による徒歩詣り(かちまいり)で有名な十日恵比須神社詣り。 商人の町として栄えてきた博多には欠かせない商売繁盛・開運を祈願する神事です。永年の歴史を持つ開運御座や、「大当たりー!」の声が境内に響きわたる“福引”も十日恵比須神社ならではのもの。 毎年、祈願に訪れる人々を、迎える世話人たちの思いや、古き時代より受け継がれている十日恵比須神社の“正月大祭”の神事を紹介します。


2008/2/16〜29放送

博多のチョコレートとホワイトデー誕生秘話

1942年博多の街で産声を上げたチョコレートショップ。その店を開いた人の名は佐野源作。 大戦を挟み混乱を極めた当時の日本で、 チョコレートにこだわり続け、チョコレート作りに自信と誇り持った人でした。1902年生まれの佐野源作は、15歳の頃、将来を決定づける運命的なものに出会う・・・それは一粒のトリュフチョコレート。1939年、店屋町に腰を落ち着けた源作は、その一角に店を開きます。チョコレートの専門店、夢の“チョコレートショップ”は、こうしてこの街に生まれました。2月14日のバレンタインデー。チョコレートを買い求める女性客でごったがえす光景を横目に、石村萬盛堂の三代目社長石村善悟が何気なく女性雑誌の投稿欄を見ていたら「バレンタインデーで女性ばかりが送るだけはおかしい」という投稿を目にし、これだと思い、福岡のデパート岩田屋にて、バレンタインデーのお返しの日を作ったのが、ホワイトデーの始まりです。


2008/3/1〜15放送

“不殺修身の活人剣”黒田藩伝柳生新影流兵法柳心会

新影流とは戦国時代の兵法家 上泉伊勢守信綱が愛洲移香斎の影之流と松本備前守の鹿島神流を学び、自らの兵法を加え創意工夫し作ったものです。不殺修身の活人剣を奥義とする新影流。この新影流を柳生但馬宗厳が継承し柳生新影流が誕生します。
柳生家が徳川家の兵法指南役となり、1600年代後半福岡藩にも柳生新影流の道が開かれました。現在も福岡の地で柳生新影流が伝えられ、剣法、組太刀、小太刀、無刀取などの技が伝承されています。柳生新影流の歴史、現在の活動を追います。


2008/3/16〜31放送

伝統を消すな 女性曲物師の挑戦

博多曲物師18代目柴田真理子さん。お父さんが64歳で亡くなると、姉兄弟はいるのに仕事を手伝わされたのは二女真理子さんだけ。昭和29年、世界的陶芸家の英国人バーナード・リーチ氏が柳宗悦氏と同家を訪れ、先代の曲物に絵付けした。それは木目のそろわない安物であったが、リーチ氏の死亡記事が新聞に大きく出たとき、ようやくその価値がわかったという。


2008/4/1〜15放送

福博 銭湯図鑑

福博の町には昔ながらの佇まいの“銭湯”が数多く存在します。原油高騰のなか、燃料経費を考えると運営が厳しいのは事実。しかし、お風呂に入って「気持ちよかった〜」「ありがとう」と喜んでくれる地域のお客さんの声を聞くと「閉める訳にはいかない」と店主たちはいいます。かつて、家族にとって、また地域の人々にとって銭湯はコミュニケーションの場でした。今もなお、銭湯を社交場とするお年寄りや“癒しの場”として訪れる人々もいますが、繁盛期に比べると利用者は激減し、廃業を迫られた銭湯も少なくありません。そこで、「ふろの日」の制定や柚湯や菖蒲湯など季節に応じたお風呂を企画する取り組みなど “銭湯情報”を紹介します。


2008/4/16〜30放送

桜並木よ永遠に〜花守りものがたり〜

咲くも桜、散るも桜。人の優しさに命を救われた桜並木が福岡市にある。「桧原桜」といい、回生24年目のことしも満開の花をつけた。
「花あわれ せめてはあと二旬 ついの開花をゆるし給え」
道路の拡幅で切られる運命の桜を救った詠み人知らずの歌である。その歌が、当時地元の銀行員であった土居善胤さん作とわかるのは、ずっと後のことだった。「花守り」はこの二人だけではなかった。九州電力の川合社長(当時)、当時の福岡市長であった進藤一馬氏まで「花守り」の歌を詠み、桜の木には、命ごいの歌の短冊や色紙が次々とかけられた。花のかげで、顔も名も知らない同士が「花あわれの黙契で結ばれた」と、土居さんは振り返っている。黙契とは、口に出さなくても心が通じ合うこと。番組では、現代社会で失われつつある心のつながりを再現を交えたドキュメントタッチで展開する。


2008/5/1〜15放送

福岡市動物園 今昔物語

昭和8年、昭和天皇即位御大典記念事業として東公園内に開園した福岡市動物園。戦局の悪化により大型動物が処分され、閉園してしまいますが、昭和28年南公園にて再開園することができました。その再開園から今年8月で55年。現在、およそ140種の動物たちが、来園者を楽しませています。さらに、バージョンアップを目指し、長期リニューアル計画が始動中。世代を問わず、常に市民に親しまれる動植物園の魅力と歴史、園を支え、動物を愛する飼育員たちの活躍を紹介します。


2008/5/16〜31放送

博多弁と博多にわか

風薫る5月、博多の街は”どんたく”一色に染まる。
市内各所のどんたく会場で披露される博多独特の芸能文化「博多にわか」
その博多にわかの歴史をふりかえると、そこから見えてくるのはユーモア溢れる博多人の気質。
芸どころ博多だからこそ生まれた博多にわか。その作り方のポイントとは?
時世をネタにシャレや風刺をする博多にわか。現代の博多にわかとはどういったものなのか?


2008/6/1〜15放送

福博 映画館物語

映画館で深夜まで行われるレイトショー、以前はオールナイトと呼ばれていました。このはじまりは福岡からでした。深夜、山笠の追い山開始を待つ大勢の人たちをみて、映画館で早朝まで上映したのがはじまりであり、そこから全国に広がっていったのです。
昭和30年代当時、全国の都市のなかでも劇場の数はダントツだった福岡。宣伝カーや呼び込み、日本一ともいえる芸術的な大看板、そして東京や大阪ではみられない激しい観客争奪戦もあったそうです。明治30年に初上映されて百十数年、福博での映画館の歴史と移り変わりを探っていきます。


2008/6/16〜30放送

福岡大空襲

1945年6月19日、福博の街は一夜にして焦土と化した。福岡大空襲です。
2時間ほどの爆撃で死者・行方不明者は、1,000人以上にのぼり、福岡市の約3分の1の家屋が焼け落ちました。あの日から今年で63年目の夏を迎えた現在の福博の街は、まるで何事もなかったかのような繁栄を遂げています。番組では、決して風化させてはならない福岡大空襲の事実と、かすかに残る戦争の傷跡と体験者の証言をもとに、戦争とは何なのか?を考えていきます。


2008/7/1〜15放送

福岡発、日本人初の第九演奏〜九大フィルハーモニー・オーケストラ〜

明治42(1909)年、福岡で「日本最初のアマチュアオーケストラ」 とされる楽団が創立されました。生みの親は、当時の京都帝国大学福岡医学大学(現九州大学医学部)の博士、榊保三郎氏。音楽愛好家だった榊氏は、東京から福岡に赴任し、職員や学生らを集めてオーケストラを結成しました。楽器を入手することもままならないという状況のなか、榊博士は私財を投じて、楽譜や楽器をそろえたそうです。
来年、創立100周年を迎える九大フィルハーモニー・オーケストラ。その歴史と今を紹介します。


2008/7/16〜31放送

父と息子・親子で魅せる八番山

7月15日の追い山でフィナーレを迎える博多祇園山笠。
最後に清道入りをする八番山・上川端流れは、「走る飾り山」 として知られています。この飾り山を毎年作り続けているのが、田中比呂志さんと勇さんの人形師親子。表は父の比呂志さん、見送りは息子の勇さんがつ> くっているそうです。「博多人形と山笠の人形は別のものですよ」と話す勇さん。そして、どうしても、師である父・比呂志さんのつくる人形を真似できないとも勇さんは語るのでした…


<<< 2007年放送分