今年のアカデミー賞授賞式は、第80回の節目であること以外は特に目玉になるような話題もなく、中継を見ても、例年に比べると地味な印象を受けた。そんな中で印象に残ったのは、外国語映画賞を受賞したオーストリア映画(ドイツとの合作)『ヒトラーの贋札』の受賞スピーチで、関係者(監督だった?)が、オーストリア出身の監督としてビリー・ワイルダー、フレッド・ジンネマン、オットー・プレミンジャーの名を挙げ、その偉業を称えていた。凄い顔ぶれだなあと、改めて感心した次第だったが、オーストリアに限らず、また映画に限らず、二つの大戦による政情の混乱でヨーロッパから海を渡った芸術家たちが、アメリカの芸術、文化の発展に及ぼした影響は計り知れない。アメリカ独自の文化も彼らの作風に変化をもたらしつつ、豊穣なアメリカ文化の基盤を形成したのは紛れもない彼らの功績だ。
その中の一人である、フレッド・ジンネマン監督が77年に製作した渾身の作品『ジュリア』。公開当時は『結婚しない女』、『愛と喝采の日々』などと絡めて「女性映画ブームを象徴する作品」などど話題になったことを記憶している。アカデミー賞関連で言えば、助演女優賞と助演男優賞をヴァネッサ・レッドグレーヴ(ジュリア役)、ジェイソン・ロバーズ(ダシール・ハメット役)がそれぞれ受賞。また脚色賞(アルヴィン・サージェント)でも栄誉に輝いた。ハリウッド映画の原作となった作品をいくつも生み出した女性作家リリアン・ヘルマンの自伝を映画化したもので、リリアンと友人のジュリアとの友情と過酷な運命が描かれている。リリアン役のジェーン・フォンダは、感情の起伏が激しくも、友人のことを心から信頼する作家を熱演しており、彼女がアカデミー主演女優賞を取れなかったのは残念だし、ちょっと不思議だ(ゴールデン・グローブ賞は受賞)。映画の前半、スランプで筆が進まないリリアンと、作品の出来には厳しくも、温かく支える同棲相手のハメットとの交流場面は、静かで味わい深い。
「女性映画」などと勝手にカテゴライズされるとイメージが掴みにくくなるが、二人の女性の友情を描きながら、第二次大戦前の緊張と不安が入り乱れる時代を鋭くかつ重厚に描写しているところは、さすがジンネマン監督と唸らされる。現在から過去へと何度も時空を飛び、幼き日のエピソードを丁寧に織り込んで、人物の行動を巧妙に意味づけている。こういうスタイルは個人的には好きだ。ケンブリッジ大学の優秀な学生だったジュリアが次第に政治運動に熱を入れるようになり、ついには暴漢に襲われ重症を負う。このあたりから映画は急激に緊張感を持ち始める。しばらく行方が分からなかったジュリアから、見知らぬ男を通してある依頼を受け、リリアンは列車でベルリンを経てモスクワへ向かう。この移動シークエンスのサスペンス感は一級品。娯楽映画としての面白さを過不足なく加味して、二人の女性の人生を活写する。助演の二人の存在感も素晴らしい。ちょっと面白いと思ったのが、女性のアップを取るときに、往年のハリウッド映画のようなソフト・フォーカスになるところ。古めかしさがあるが、時代感を出すための意図的な手法だろうか。決して心地よい時代が舞台ではないのに、この作品はアメリカよりヨーロッパでヒットしたとのこと。ヨーロッパ人監督の真摯な映画作りが、苦しい時代の記憶を持つ多くの人々に評価されたことを喜びたい。
おまけの話題をひとつ。この作品はかのメリル・ストリープの映画デビュー作でもある。フォンダ扮するリリアンに少々嫌味な言葉を投げかける若い友人役を演じていた。さすがに後年の大女優ぶりを窺わせる圧倒的な貫禄で・・・と言いたいところだが、出番も少なく、そこまで言い切るのは自信がない。ただ、フォンダは彼女の演技を見て「この娘は出世するわよ」とつぶやいたそうだ。その予言どおり、2年後に『クレイマー・クレイマー』でアカデミー助演女優賞を獲得した。