少しばかり遅くなりましたが、新年おめでとうございます。2008年も当コラムではJ:COMで放映される作品から毎月1作品を選んでご紹介しますので、どうぞよろしくお願いします。
さて、今年最初に取り上げる作品として、珍しく日本映画を選んでみた。ここ何年かは劇場へ行くよりもJ:COMで映画を楽しむ機会が断然多いのだが、振り返るとこのところ外国映画よりも日本映画を好んで観ることが多くなっている。以前は日本の映画と言えば黒澤明監督作品か『ゴジラ』などの特撮物くらいしか観ていなかったため、当コラムでも過去ほとんどすべて外国映画しかご紹介してこなかった。でも最近は日本の新しい世代の監督だけでなく、彼らの少し前の世代の監督たちも続々と優れた作品を送り出していて、追いかけるだけも大変な状況だ。興行成績も好調のようだが、質的にも充実していることは何より喜ばしい。この正月の間も『下妻物語』、『NANA』、『あずみ』2部作など見逃していた人気作品をたっぷり堪能できた(年末年始は映画放映数が半端じゃないので・・・)。一昨年公開のこの『ゆれる』は前作『蛇イチゴ』(私は未見)で注目を集めた新鋭・西川美和監督が、オダギリジョーと香川照之という実力派俳優を迎えて作り上げたミステリー・タッチの人間ドラマだ。対照的な人生を歩む兄弟に起こるある出来事を通して、愛憎と心理的葛藤がただならぬ緊張感を漂わせながら描かれる。
東京で写真家として成功し、交友関係を含め自由奔放に生きる弟・猛(タケル)(オダギリ)。母の葬式にも顔を出さなかった彼は、その一周忌に久々に山梨の実家に帰り、そこで父と共にガソリンスタンドを経営する兄・稔(香川)と再会する。猛は頑固な父とは関係がややギクシャクしていたが、温厚な稔が仲裁に入り何とか取り成した。翌日、兄弟はガソリンスタンドで働く幼なじみの智恵子(真木よう子)と3人で近くの渓谷に足を延ばす。ところが、川に架かる細い吊り橋で、智恵子が渓流へと落下してしまう。そして、橋の上には一人呆然とする稔の姿があった。橋の下にいた猛は動揺する稔のもとに駆け寄り落ち着かせる。兄弟の証言から、最初は転落事故として扱われていたが、数日後、稔が突然「自分が突き落とした」と自供したことから、事件の真相を巡って裁判へともつれ込む。猛は弁護士の伯父の協力を得て、稔の無実を証明しようと試みるが・・・。
このところの日本映画の特徴は、マンガや小説(ケータイ小説なるものも含めて)などの原作物の映画化が多いということだろう。それ自体は必ずしも悪いことではないが、どうしても原作をどう脚色するか、テイストなどを比較してどうかということが話題になり、特に原作に熱狂的なファンがいる場合(大抵そうだろうが)、冷静な評価が下しにくくなりがちだし、安易な映画化という先入観を持たれる場合もあるだろう。この『ゆれる』は、2年の歳月をかけたという西川監督自身によるオリジナル脚本が素晴らしく、それだけでも価値が高いように思うが、それを完璧なまでに映像化した監督自身の演出家としての力量こそ最も賞賛に値する。大人になるにつれて生きる境遇が大きく変わっていった兄弟の心理を中心にした前半、事故か殺人か、当事者である兄弟の証言によって語られる真相がほとんど最後まで藪の中にあるような後半、そのいずれも非常に繊細で惹きつけられる語り口だ。特に裁判が絡んで来る後半のクライマックス、拘置所でのガラス窓を挟んだ二人の会話は、主演の二人の個性と演技力が相俟って画面に釘付けになる。ラストの切り方もこれ以上ないというくらいのタイミングで、いつまでも心に残る。
描き出される映像の一つ一つが意味を持ち、無駄なショットなど一瞬も紛れ込んでいない。全体に過剰な表現や演技は慎重に排除されているが、兄弟がそれぞれ激高する場面も二人の性格描写に繋げるためか、微妙にカメラワークなどを変えて撮られているように思われる。それだけ丁寧に撮られた作品であるということだろう。感性と勢いがすべてというような作品もたまには楽しいが、これが30代の若い女性監督による第二作目とはにわかには信じがたい成熟ぶり。男兄弟の心理的葛藤をこんなに違和感なく表現できるなんてすごいことではないだろうか。私自身が男二人兄弟なので、とりわけ凄さを実感し易いのかもしれないが・・・。見終わって何日も尾を引くような類の映画なので、出来れば何度も繰り返しご覧になることをお勧めしたい。