この『歌追い人』という映画をご存知の方は、日ごろから敏感なアンテナで映画情報を仕入れていらっしゃる方であろうと推察する。なぜならこの作品はたぶん東京と大阪以外では劇場で公開されていないはずだからだ。ビデオ、DVDとして発売されているが(タイトルは『Songcatcher
-歌追い人-』)、少なくとも福岡市内で見かけたこともない。そんな作品をなぜ私が知っているかというと、その内容が一部の音楽愛好家の間で静かな評判を呼んでいたという記事を雑誌で目にしたからである。それにしても歌追い人とは何か。
1900年代の初頭、アメリカ・アパラチア山脈の奥深くで俗世間とは隔絶した生活を営む「マウンテン・ピープル」と呼ばれる人々がいる。ニューヨークの大学で音楽を教える教授リリーは女性ゆえに昇進もままならず、失意の中で山に住む妹を訪ねるが、そこで少女の歌を耳にした彼女は、耳慣れたはずのスコットランドやアイルランドなどの伝統音楽が全くピュアな原型を留めて受け継がれているのを知る。もはやヨーロッパでも聴くことの出来ない世紀の大発見に彼女は蝋管録音機(すごい重量の機材!)を山に持ち込み戸惑う住民たちに協力を申し出る。思い込んだら一途に突進するリリーはその性格のため最初は住民から疎まれるのだが、歌を愛する熱意や山で学校を経営する妹の存在によって次第に協力者も現れてくる。しかし歌集めにはさまざまな困難が立ちはだかるのだった・・・
ドラマの展開は比較的静かだが、全体を通じてこの作品の価値を高めているのは、歌の魅力・魔力に因るところが大きい。そしてスタッフやキャストが音楽を愛し、伝統音楽に敬意を払っていることが感じられるのがなにより素晴らしいのだ(余談だが、これを観ると「スカボロー・フェア」を自作として発表したポール・サイモンの行為の思い出さずにいられない)。実際ヨーロッパでは知名度はそれほどでなくとも、びっくりするほど歌のうまい歌手がたくさんいるし、輸入CDなどでかなり聴くことが出来る。音楽が生活と一体化した土地の生活が垣間見えるのも収穫だった。後のカントリー音楽に繋がっているとは言え、題材がやや特殊なものだけに一般的に評判を呼ぶまでに至らなかったことは容易に想像できるが、良質な小品と呼べる作品だ。特に主演のジャネット・マクティアは若いとは言えない年代のインテリ教授という微妙な役どころを、折り目正しい演技でうまくこなしている。観る方が感情移入してくると次第に女性として美しさが増してくるのは、さすがにイギリス出身の舞台女優の面目躍如たるものがある。少女役のエミー・ロッサムはこの作品が映画デビューとのことだが、オペラ出身でありながら見事に伝統歌を歌いこなしているのには驚嘆した。この後彼女は『オペラ座の怪人』のヒロイン役に大抜擢されたのはご承知のとおり。音楽ファンは必見の映画と敢えて申し上げたい。