『スターウォーズ』が世界中を席巻しSFブームに沸く70年代後半の映画界。80年代に入ろうという時期に更なる衝撃をもたらした作品がリドリー・スコット監督による『エイリアン』だった。西部劇を宇宙に舞台変えしたような『スターウォーズ』と違って、宇宙船内での限定された空間で、得体の知れない凶暴な生命体と遭遇する恐怖に全編が覆い尽くされた特異な設定が評判を呼んだ。それはSFの形を借りたホラー・ムービーと呼べるもので、はっきりと姿を現さないエイリアンが怖さを倍増させたのは演出の勝利だったろう。続く『エイリアン2』(原題は前作ALIENに対し、ALIENSと複数形になっている)は、『タイタニック』でアカデミー監督になったジェームズ・キャメロンによって全く趣向を変えたハード・アクション路線に転向。これが見事に功を奏し熱狂的カルト人気を博すに至った。作品ごとに監督を変え、マンネリ回避に成功してきたこのシリーズ、92年になって製作された第3作は映画の演出は初という新鋭デヴィッド・フィンチャーを大抜擢。当時はほとんど無名に近かった彼は、その後『セブン』、『ファイト・クラブ』といったスタイリッシュな異色のハリウッド作品を作り上げて独特の地位を築き上げている。
この『エイリアン3』のテイストはどう変わったか。端的に言うと第一作のホラー路線に回帰したと言えようが、独特の宗教的死生観が漂っているのが特徴だ。前作でクイーン・エイリアンを倒し地球へ帰還するリプリー(シガニー・ウィーヴァー)たち。事故により不時着したのが凶悪犯たちを収容する囚人星ということで、薄汚く淀んだ雰囲気が重苦しい。しかも囚人は全員男で、その中に女性のリプリー(とエイリアン)が飛び込んできたことで、平穏(?)な日常が一変することになる。エイリアンが囚人の飼い犬に寄生して成長したため、4本足の俊敏な敵となって人間を襲うのだが、刑務所という設定上、武器がない。絶体絶命の状況でどうやって戦うのか、また自身の体調の変化を感じるリプリーはどうなるのか、息苦しい展開が続いていく。
公開当時、この『エイリアン3』は賛否両論飛び交って評価が定まらなかった印象がある。どうも脚本が二転三転して監督も降板寸前だったとの制作上のトラブルもあったようだ。否の方の意見としては「雰囲気が暗すぎ」「人物のキャラが立っていない」「エイリアンとの死闘となる刑務所内の空間描写が分かりづらい」といったところが出ていたが、実は私は最近この作品を観たのでこういった批判は当たらないのでは、と思っている。ダークな雰囲気は全然嫌いではないし、囚人たちは皆スキンヘッドで見分けがつきにくいものの、リプリーが突然不時着したことで人間関係が変化していく男たちの集団劇として見ることも十分可能だ。ただ、当時劇場で観たという我が弟の話だと、「画面がとにかく暗くて中で何が起こっているのかよく分からなかった」というから、最後の空間描写については成功しているとは言い難かったようだ。なお、115分の劇場公開版に対し、DVDでは140分の完全版もリリースされている。監督の当初の意向がどのくらい反映されているのか分からないが、評価の分かれている作品だけに一見の価値はありそうだ。