ここで毎月ご紹介する作品は結構私が生まれる前の古いものも混じっているが、今月の「暴走機関車」はリアルタイムで観てあまりの面白さにびっくらこいた作品だけに、思い入れもひとしおだ。何といってもこの映画、黒澤明が菊島隆三と原案を書き、60年代に自分で映画化する予定だったところが諸般の事情で中止となり、1986年になってようやく別人の手で映画化されたことで有名である。実際に監督したのはロシア人のアンドレイ・コンチャロフスキー。元はアンドレイ・タルコフスキーと共同で「アンドレイ・ルブリョフ」を作ったり、チェーホフの文芸作品を演出していたが、後にはアメリカに活動拠点を移し、シルベスター・スタローンのマンガチックなアクション作品「デッドフォール」などを撮って大いに変節した才人(?)である。
アラスカの刑務所から凶悪犯2名が脱獄、貨物列車を使って脱出を図るが途中で機関士が死亡し列車が暴走する中、執念深い刑務所長の追跡が展開するというまことに分かりやすいストーリーだが、まずこの映画の凄さは寒さと痛さの演出だろう。ロシア人監督にすればあたりまえなのかもしれないが、脱獄して列車に乗り込むまでの極寒の描写は夏の鑑賞に最適(映画的には冬に観た方が効果的だろうが)だし、刑務所内でのケンカで主人公が手のひらをナイフで刺されたり、列車の連結器に指を挟まれたりするシーンは全く唐突だけに結構インパクトがある。こういう描写があると映画全体が張り詰めた緊張感に包まれて見る者を飽きさせない。ついこの前までチェーホフを撮っていた監督とは思えないほどだ。
この映画は登場人物が少ない。つまり一人ひとりの役者の演技も非常に重要な要素になる。もちろん最大の主人公は暴走する漆黒の巨大な機関車なのだが、極めて限定された空間で繰り広げられる人間ドラマをそれに負けず力強いものにするのは役者の演技に掛かってくる。アンジェリーナ・ジョリーの父親としても有名な名優ジョン・ヴォイトは後年悪役を演ずる機会が増えたが、この頃は「帰郷」や「チャンプ」のような味のある役が多く、極悪人メイクで凄みを利かせるのはちょっと驚きだった。相棒の若い囚人役はエリック・ロバーツ(こっちはジュリア・ロバーツの兄)で、この二人の擬似親子関係がなかなかの見ものとなっている。二人ともこの作品でアカデミー賞にノミネートされたのだから大したものだ。今観ると刑務所長自らがあそこまで執念深く脱獄囚を追い詰めるのは組織上どうかとも思うが、これを演じるジョン・P・ライアンの存在感もこの映画の見どころであろう。やっぱり私はこういう映画を観るとアクション映画にはCGを使って欲しくないと思ってしまう。