■井上 雅恵 福岡市立曲渕小学校六年
【曲淵城主と時頼】 井上 まさえ
わたしの、曲渕にもこんな、いい昔話があるんだなと思いました。
いいなと思ったのは、二人の夫婦がいて、おぼうさんが、「今晩、泊めてくれんかのう。」と聞いたら、「すき間だらけの家ばってん、泊まっていいよ。」と言ってお茶を入れたり、部屋を温めてあげたりしたことです。
わたしは、じんごべいさんは、どんなにすき間だらけの家でも、こまっている人がいたら、たすけてあげられることです。
今、曲渕小学校の全校生徒は、二十八人です。
曲渕小学校は、「山っ子」といって、たくさんの転入生がきてくれるのです。
山っ子のみんなは、曲渕のことが好きになって、来てくれるのです。
わたしは、曲渕のことが好きになってくれてうれしいです。
人数がふえて、とてもにぎやかになったので、勉強も楽しいし、休み時間もいろんな遊びが出来て、とてもうれしいです。
曲渕のどんなところが好きになってくれたのかなと考えたことがあります。自然だけじゃないんじゃないかなと思います。
それは、曲渕の地域の人たちにじんごべいさんの心がのこっているのかなと思います。わたしも、き節にそって、いろんなことができるのでいいなと思います。
このゆたかな自然と地域の人たち、そしてお父さん、お母さん、おばあさん、友だちのことを、宝だと思っています。
■結城 比斗美 福岡市立曲渕小学校六年
【曲渕の昔話】 結城 比斗美
私は、曲渕にこんなすてきな昔話があることは知りませんでした。そして、うれしかったです。私は、曲渕小学校の子どもだからです。
曲渕は、自然いっぱいの美しい村です。学校のよこには、八丁川という川があります。とてもきれいな川です。夏になると、川遊びにくる人がいっぱいいます。川の水はとてもつめたいです。きれいなわき水が出るところもあって、雨の日もはれの日も、くみにくる人でいっぱいです。
曲渕小学校は、運動会や運動場の草取りなどいろいろな行事を地域の人々たちみんなで力をあわせてとりくみます。それと、みんな人がやさしいです。ここが、じんごべえさんと同じところです。こまった人をたすけたじんごべえさんのやさしい心が今の曲渕につたわっていると思います。
本当にやさしくて感動しました。
私は、この曲渕のいい所をもっと多くの人にしってもらいたいです。八丁川のことやわき水などの自然や曲渕のやさしい人たちのことです。私もそんな、曲渕の人が大好きだからです。私も、じんごべえさんや曲渕の人たちみたいに心やさしい人になって、こまっている人をたすけたいです。そして、じんごべえさんのやさしい心が、ずっと曲渕にうけつがれたらいいなあと思っています。
■松本 菜月 福岡市立東光小学校六年
【曲淵城主と時頼】 松本 菜月
私はいつもお母さんから、
「動物にだって人にだって良い事や、やさしい事をすると、それは倍になってかえってくるとよ。」
と言われます。でも、良いことなんてするところがないし、自分には関係がないからどうでもいっか、と思っていました。だけど、このたった5分間の昔話が、私の心を百八十度変えました。
おじいさんが、寒い夜におぼうさんを家に泊めて、温かい物を出しました。このことがおぼうさんにとっては、うれしくておじいさんに手紙をわたしました。私も、人が泣いていたり困っていたら、あたり前の事をしてあげれば、相手にとってはものすごくうれしいことかもしれません。私の周りには困っていたら助けてくれる友達、泣いていたらすぐに声をかけてくれる友達がたくさんいます。声をかけてくれたらとってもうれしいです。そしてありがとうと言います。
一度やさしくしたらその一回分がかえってくるのではない。小さなやさしさをあげたら小さなやさしさしかかえってこないのではない。たとえどんなに小さなやさしさでも、私は誰かの役に立ちたい、そう思いました。動物も同じです。目の見えない犬だったら助けてあげることや、けがをした鳥だったら保護してあげることもできます。だれかがやるからいい、ではなくて自分でまずは出来る事はないのかを考える事が大切だと思います。そうすると世界中のみんなが幸せになれます。そして、心の中にはやさしい花がたくさんさきます。
このような事を5分間で思いました。やさしくすると、どこかできっと誰かが見ています。私は、やさしい人になりたいです。
■古賀 栞 福岡市立和白小学校六年
【ヒバリと借金を見て】 古賀 栞
この話は、お腹がすいたヒバリがウズラに「アワ」をかりるというものです。ウズラは証人がいると言うのでヒバリは気の弱いスズメをつれて来てアワをかりました。ウズラにかえすまでの期限は十日。でも全くはたらかないヒバリは十日たってもかえすことができません。ウズラはヒバリがかえそうとしないのでスズメの所に行きますが逃げられます。そこでもう一度ヒバリの所へ。そしてけんかに。そこで出てきた声が今のウズラとヒバリの鳴き声になりました。
私はこの話を見てとてもビックリしました。ヒバリの「おやとれことれ」と聞こえる鳴き声がこの話からきていたなんて。
家のまわりが畑で、そこにヒバリがたくさん来ていました。鳴き声ではなく、飛び方がおもしろいので飛び方ばかり見ていました。前に図かんに鳴き声が書いてあったのを見たことがあります。今度見かけたときは飛び方ではなく、耳をすませて鳴き声を聞いてみたいです。
話はすっかり変わりますが、私の家には小鳥が2羽います。オカメインコという鳥で、赤いほっぺたがついていて、ヒバリと同じように頭の上にかん羽というかざり羽がついています。紹介したいのはハッピー(オス)です。ハッピーは自分で自分の名前を言います。「ハッピーハッピー」と鳴いています。理由は家族みんながハッピーに「ハッピー」と呼びかけているからです。何かヒバリに似ている気がします。そのほかにも、ハミガキの音やからくり時計からなってくる音をまねします。本を見るとものまねが好きな鳥のようです。
この話を見て一番に思ったのはヒバリとウズラの鳴き声のことについてです。私は鳥が好きなので、いろいろな鳥の鳴き声を聞いてみて、ヒバリのように人間の話し声のように聞こえないか調べてみたいです。
■末光 聡 福岡市立和白小学校六年
【曲淵城主と時頼を見て】 末光 聡
曲淵城主と時頼を見て、じんごべえさんのもてなしが心に残りました。あの時にじんごべえさんが泊めなければ時頼は大変困ったと思うし、心のやさしさが一番だったと思いました。そして、このじんごべえさんの「やさしさ」が時頼にはとても熱く心にきざまれたんだと思いました。
次にぼくはこの時頼もやさしいなと思いました。なぜかというと
「名前もいわないで」
というナレーションや
「みずぼらしい格好」
という言葉には時頼の
「気をつかわないでほしい。」
「ごくふつうに接してほしい。」
という気持ちがあったからこそこういうことをしていたんじゃないかと思いました。
ぼくは、この話を聞いて心にじわっとこみあげてきました。人の話し方や、人の服そうなどは、身分のちがいをあらわしたり、人をひきたたせる役目があるのかなと思いました。
なぜこの話が福岡に昔から伝わっているかというと、多分、もう古しゅう来で活やくした北条時宗の父北条時頼も偉大だったということを福岡のみんなに伝えたかったんじゃないかと思いました。
これをさかいに福岡の昔話をもっと知りたいと思いました。
■中尾 かおり 福岡市立和白小学校六年
【曲淵城主と時頼】 中尾 かおり
私は、『曲淵城主と時頼』のお話は、はちの木物語に似ていると思いました。
はちの木物語は、時頼が名をかくして貧しい武士の家を訪ねたとき、その家の武士は、大切に育てていたはちの木を切って燃やし、時頼をもてなしました。そのほうびとして、時頼が鎌倉に武士を集めたとき、真っ先にやってきたその武士に、はちの木にちなんだ名前の土地を与えた、というお話です。
じんごべいさんは、貧しそうな見知らぬおぼうさんを、
「泊めんほうが、良かよ。」
と言う奥さんをとどめて、手厚いもてなしをしました。
私は、じんごべいさんは本当に優しくて情け深い人だと思いました。
おぼうさんをもてなした結果、名前と曲淵という土地をもらいました。私は、『情けは人のためならず』ということわざのとおりだと思います。
はちの木物語は武士のお話だから、武士はご恩として土地をもらったりすることもあっただろうけど、このお話のじんごべいさんはかじ屋さんです。かじ屋さんが土地をもらうことは、武士が治めていた当時めずらしかったと思います。それほど時頼は、じんごべいさんの手厚いもてなしに感謝し、何かお礼がしたいと強く思ったのでしょう。
私もじんごべいさんのように、心優しく、情け深い人になれるように日頃から努力したいです。
■末田 美和 福岡市立和白小学校六年
【曲淵城主と時頼を観て】 末田 美和
私はこの曲淵城主と時頼を観て、一番思ったことは、
「なぜ時頼は身分をかくして貧しい姿で旅をしていたか。」
ということです。私は、
「時頼は福岡の人に対して高い身分であることを知られずに、ふつうの人と同じように接してもらいたかったのかな。」
と思いました。私が時頼だったとしたらそう思うと思います。
それに、甚五平衛さんは城主になる前はものすごく貧しそうで、しかもおかみさんが反対するほど人を泊めれそうな状態じゃなかったのに、貧しいおぼうさんの姿をしていた時頼を泊めるなんて、
「なんて心優しい人なんだ。」
と思いました。私はこの甚五平衛さんのように自分がどんな状態にあっても人を助けたい、という気持ちになりました。
今、自分の身の周りでは、周りの人のことも考えずにたばこの吸いがらを捨てたり、食べ終わったおかしや食べ物を捨てたり、そう音を鳴らしながら道路を乗り物で走ったりするなどといった、自分だけのことを考え、他人のことは無視するという人が増えているような気がします。そんな人達にこの話を聞かせて、甚五平衛さんみたいに人を助ける人達を見習ってほしいと思います。
この曲淵城主と時頼のようなおもしろくて感動したり、なるほどと思う福岡の昔話はたくさんあると思います。読んだり、観たり、聞いたりしてもっと福岡の昔話を知って、もっと福岡について知り、大人になったら福岡や福岡の昔話について語れるような人に私はなりたいと思いました。また機会があれば、他の福岡の昔話を本などで読んでみたいです。
■井浦 真希 福岡市立和白小学校六年
【ヒバリと借金】 井浦 真希
この「ヒバリと借金」というお話は、すごいと私は思いました。何がすごいと思ったのかというと、この話を生みだした作者です。
ヒバリの鳴き声とウズラの鳴き声に合わせてお話を作るのは、とても難しかったと思います。でも、きちんと分かりやすくて、楽しいお話になっています。
作者は、きっとヒバリの鳴き声とウズラの鳴き声が
「おもしろいなぁ。」
と思ってこのお話を作ったと思います。
私も、このお話を見て、
「おもしろい鳴き方をするなぁ。」
と思いました。
そして、私は作者は、この話を作って一番何をみんなに伝えたかったのか考えてみました。それは、ヒバリやウズラ、全部の小鳥達を大切にしてほしいという願いがこめられていると感じました。もちろん、ヒバリとウズラはこんな鳴き方をする、という事も伝えたかったと思いますが、私はあんな願いがこめられていると感じました。
それは、この先もずっとヒバリやウズラのおもしろい鳴き声を聞き続けたいからだと思います。
これから、ヒバリやウズラを見かけたりしたら、このお話を思い出して、ヒバリやウズラの鳴き声を楽しみたいと思います。
そして、私が大人になっても、小鳥たちのきれいな鳴き声、美しい鳴き声、かわいい鳴き声、おもしろい鳴き声が聞けるように、環境問題などにも目を向けて、未来にたくさんの小鳥をのこしたいと思っています。
この、「ヒバリと借金」という福岡の昔話を見て、私は色々な事を学べました。
■大久保 佳菜 福岡市立和白小学校六年
【ヒバリと借金】 大久保 佳菜
私が「ヒバリと借金」を見終わったとき、第一に思ったことは、なんであわぐらいでけんかするんだろう?でした。しかし、二度目を見てから、とても面白い話だなあと思えてきました。わけは、ヒバリとうずらのやりとりが楽しいからです。
視ちょう者から見て、ぜんぜん働いていないヒバリが、働き者で食料をたくさん持っているうずらにあわを貸してもらう時点で「ヒバリはずるをして、あわを返さないつもりだろう。」と予想がつくと思います。私もそう思いました。でも、うずらが提案した、証人に証明してもらうという条件を自分を有利にするため気の弱いすずめにしてもらうようにしたヒバリは、とても頭が良いなぁと思いました。私は初め、ヒバリに不利な条件だ、と考えていたのに、ヒバリの行動で展開の方向が変わったので面白かったです。
ヒバリがうずらにあわを貸してもらって十日たった場面で、私の予想が当たって、やっぱりヒバリはあわを返しませんでした。ヒバリはうそをつくぐらいなら、働いてあわを返せば良いのにと私は思ったけれど、またうそをついてすずめがひ害を受けていたので、かわいそうだなあと思いました。
それと、うずらの剣幕に負けて逃げてしまったすずめが、そのあとどうしているかが知りたいです。
最後にヒバリとうずらが言った、
「おやとれことれー。」
「なんでちゃもっていく。」
という言葉の意味は分からないけど、その言葉が鳴き声につながっているんだと知ったので、話の構成がうまいと思いました。
■瀧 隼人 福岡市立大名小学校六年
【うさぎの恩返し】 瀧 隼人
ぼくは、「竜になったうさぎ」を見て、その人に愛情や、やさしさをもってせっすればかならず自分にそのやさしさや、愛情がもどってくるということが分かりました。今までぼくは、愛情や、やさしさなどあまり人にしていなかったけれどこの話を見て、人に愛情や、やさしさというのは、とっても大事だと改めて思いました。ぼくだったらあのうさぎをおきざりにして帰ってしまいそうです。でもこのおぼうさんは心やさしいおぼうさんだったからこそうさぎを助けたんだと思います。ぼくはこれから人にはちゃんとやさしくせっしたいと思いました。人じゃなくてもこの話であったように動物などもやさしくあつかいたいと思います。そしてたった一ぴきの動物うさぎを助けるためにずっとおきょうをとなえてくれるのがとってもやさしいなぁと思いました。ぼくはおぼうさんの気持ちだけじゃなく、うさぎの気持ちも考えてみました。うさぎは、この人はいい人というのが分かっていたから、ずっとついていったと思いました。ぼくも、一年生をおせわしていていろいろとやさしくしていると、一年生の子もいろいろとやさしくしてくれます。ぼくは自分がした以上のことを一年生はしてくれているのではないかなぁと思ったりもします。その分ぼくも一年生にいいことをしてあげたいなぁと思いました。