■古賀 晴華 福岡市立鳥飼小学校五年
【竜になったうさぎ】 古賀 晴華
私は、この話を見て、大応国しはとてもやさしい心を持っている人だと思いました。それは、おおかみにおわれてこまっているうさぎを自分のふところに入れ、おきょうをとなえておおかみをおいはらい、うさぎを助けたからです。けれど、うさぎを助けた大応国しは、「宋」での八年間の修行を終えて、博多に帰る船に乗りおくれないように急いでいたので、こんな状きょうの時でもうさぎを助けた大応国しは本当にやさしい心を持っている人だと思いました。
そして、助けてもらったうさぎが、あとから大応国しにずっとついてきたのは、大応国しに何かお礼をしたかったからだと思いました。
それから、大応国しと一緒に博多に行くことになったうさぎは、大応国しと船に乗っていた時、げん海なだにさしかかった所で海が大あれになりました。そこで大応国しがおきょうをとなえていると、今まで大応国しのふところに入っていたうさぎが飛び出して大あれの海に飛びこんで、道をつくったのは、さっき大応国しがおおかみにおわれているときに助けてくれたお礼だと思います。
最後にうさぎが竜王様になったのは、大応国し以外にも船に乗っていたたくさんの人を救ったから神様がうさぎに竜王様のざをうけわたしたからだと思いました。
だから私は、この話を見て、いい行いをしてもらったときに、いい行いをかえすと、次もまた何かいいことがあるということが分かりました。だから私は、日常生活の中でいい行いをしてもらったら、いい行いをかえせるような人になりたいと思いました。
■江
慈萌 福岡市立当仁小学校五年

【竜になったうさぎが伝えたかったこと】 江
慈萌
これは、八百年ほど前、中国が宗とよばれていたころの話だ。大応国師というおぼうさんが、宗に修業に行って、約八年の修業を終え博多に帰ろうとするところから始まる。帰っている時、一ぴきのうさぎに出会った。うさぎはおおかみにおわれていたらしく、大応国師にくっついてはなれようとしなかった。そこで、大応国師はうさぎをふところにいれ助けてやった。すると、うさぎがまたついてきて、いっしょに船に乗った。船ははじめゆっくりと進んでいたが、玄界灘にさしかかったとたん、あらしにおそわれてしまった。大応国師がダメだと思いおきょうをとなえたしゅん間、うさぎが海に飛びこんだ。すると、浜まで一本の道ができた。大応国師がその道をわたり浜について海の方を見ると、白いうさぎが金の竜王になって空に飛んでいった。
このような話だ。私はこの話で、昔の人は何を伝えたかったのだろうとぎ問に思った。
私が考えるには、八百年も語りつがれているこの話が私達、いや日本に伝えたかったことは、
「どんな生き物にもやさしさの心はある。だから、その心をそまつにしてはならない。」ということなのだと思う。
この話では竜王様にも大応国師にもやさしさの心があったが、今の日本ではやさしさの心や、心をそまつにしないという心が、両方ともわすれさられてきているのではないだろうか。福岡人もこんなにいい昔話があるのにもかかわらず、やさしさの心をわすれかけている。大応国師みたいなやさしい心を、日本、そして世界中の人々がもち、また次の世代にこの昔話とともに伝えつづけられればいいなと思った。
■久保 里紗 福岡市立当仁小学校五年
【「曲淵城主と時頼」を見て】 久保 里紗
なぜ、あんなにえらい人が寒い夜にかじやの甚五平衛(じんごべえ)さんの家に行ったのでしょうか?私は、「曲淵城主と時頼」の話を見てぎ問をもちました。
この話の始まりは、ある寒い夜甚五平衛さんの家におぼうさんが、
「今ばんとめてくれませんか?」と言いに来るところから始まります。おかみさんは、とめない方がいいのではないのかと言ったけれど心やさしい甚五平衛さんは今ばんとめることにしました。熱いお茶を飲ませたり、温めてあげました。おぼうさんはとても喜びました。そして次の日おぼうさんは、甚五平衛さんに手紙をわたしてとのさまにわたしてみて下さいと言い、名前も言わず帰っていきました。甚五平衛さんはおぼうさんに言われた通りにとのさまに手紙をわたしました。するととのさまはびっくりしながら手紙を読んでいました。とのさまは
「一ばんとめてやったのか?」
と聞くと甚五平衛さんは、
「はぁ、なにしろ寒いばんでしたので熱いお茶を出して温めてあげましたが…なにか?」
とのさまは甚五平衛さんのところに近づくとぎゅっと甚五平衛さんの手をにぎりました。
「そうか、そうか。手紙には札を言ってくれと書いてあった。ありがとう。」
「あのお方はだれなのですか?」
「あのお方は北条時頼様だ。」
それを聞いた甚五平衛さんはびっくりしたのです。
こうして甚五平衛さんは早良区の全体をおさめる人となり、曲淵城主と呼ばれました。
私はこの話を昔話にしたのは、こまっている人は助けてあげましょう。きっといいことがありますよということを教えたかったのではないかなと思います。また、時頼様は、ある時甚五平衛さんのやさしさを知り、どれそのやさしさを国にいかそうかのと思って甚五平衛さんの家に行ったんじゃないのかなとさえ思います。やさしい心をもっていれば、いつかいいことがあるのですよ。そんなことを教えてくれるお話です。ほのぼのとした絵も、甚五平衛さんのあったかい心を伝えてくれるお話でした。
■岩波 由里香 福岡市立鳥飼小学校五年
【竜になったうさぎ】 岩波 由里香
私は竜になったうさぎを見て、不思議だと思いました。オオカミにあとをつけられていた一ぴきのうさぎがこまっているときに、大応国しが通りかかり、自分の洋服の中にうさぎを入れて、日本へ帰りました。でも、げんかいなだに流れついたとたん、波がはげしくゆれておぼうさんが、
「もはやここまで。」
と言いました。すると、うさぎが海にとびこみうさぎの通ったところだけが道になり、おぼうさんや大応国しなどの人々が、その道を通り、日本に帰れたのでほっとしました。
その道は、姪浜まであるいたあのうさぎのおかげでできた道だったので、うさぎは、とても役に立ったうさぎだと思いました。
その後、おぼうさんたちが空を見あげると、一ぴきの白いうさぎが金色の竜になり、空高く天へとまいあがって、私はビックリしました。うさぎがこまっているときに、大応国しが助けたからこそ、おぼうさんと大応国しそのほかの人々が助かったということが今でも、不思議に思えました。
大応国しが中国の宋という国で8年間も修行をした結果、うさぎが助けてくれたと私は思いました。
たった一ぴきのうさぎがたくさんの人たちの命をすくったという話は、すごいと思いました。
このお話を見て私は、悪い言葉やイヤな言葉、ケンカなどで、自分をせめる人もいると思うから、そういうときは声をかけて、人の命をすくおうと思います。そしてうさぎも同じく、大応国しなどの人たちをすくったので同じです。
そして私が学んだことは、人を助けるということです。これからも、人を助け、やさしくしていこうと思いました。
■吉田 芽生 福岡市立玄洋小学校五年
【竜になったうさぎをみて】 吉田 芽生
私が一番心に残った事は、うさぎが大応国師をたすけて、最後に竜になった事です。わけは、大応国師がやさしくうさぎをたすけて、おんがえしができて、うさぎも大応国師もうれしかったんじゃないかなと思います。私だったら、おおかみにおわれているうさぎを、遠くにかくしてあげると思います。大応国師のように動物にやさしくすると、いい事があるんだと思いました。そして福岡のめいの浜に、お寺を作って、竜王様を作って、大応国師もうさぎに感謝していたんだと思いました。大応国師は、うさぎが竜になってびっくりしなかったのかなと思います。
もし、私がそのもくげき者だったら、おどろくのをこえて、どこかけがしそうです。でもどうしてうさぎが竜になったのかなって、最初はとっても不思議でした。でも、なんとなく、うさぎと竜ってあってるなって思いました。うさぎは、かわいいイメージがあったけど、これでかっこいいなって思いました。私はこれから、動物にやさしくして、人にもやさしくして、
「ありがとう。」
って伝わってきたり、言われたりするのがいいことだと思います。言ってもいわれてもとってもうれしい気持ちになるから、それをどんどんふやしたいです。
■石川 真羽 福岡市立当仁小学校五年
【「曲ふち城主と時頼」を見て】 石川 真羽
初めに三つの昔話のビデオを見ました。その中で一番感動したお話が、「曲ふち城主と時頼」です。
曲ふちの近くの家に「じんごべえ」という人が住んでいました。ある冬の夜に、あるおぼうさんが、「一ばんとまらせてください。」とたのんだけれど、じんごべえさんの奥さんは、「あの人をおかんほうがよかよ。」といいました。だけどじんごべえはやさしいのでおぼうさんをとめてあげました。次の朝、おぼうさんがある手紙をじんごべえにわたしました。「ここのえらい人にこの手紙を見せたらお礼がもらえます。」といい名前も言わずに去っていきました。その人は、なんと、その時代の一番えらい「北条時宗」のお父さんだったのです。なんというぐうぜんでしょう。北条時頼にあうなんてすごいなあと思います。でもじんごべえは、そんなことはしらずまずしい身なりの人にでもやさしくむかえてあげたのです。えらい人とわかっていれば、みんながあつくもてなすでしょうが、まずしい人にはつめたくするという人が、世の中には多いと思います。
この話は、みんながどんな人にでもやさしくすれば、幸運をもたらすということを伝えたいんだと思います。ぼくも、どんな人でもやさしくしようと思います。
■吉村 佳穂 福岡市立当仁小学校五年
【「竜になったうさぎ」を見て】 吉村 佳穂
800年前のおぼうさん「大応」はこの話を通して、昔の人は何を伝えたかったのだろうかと私は思った。
今で言う中国で仏教を学んだ大応は、その帰りにうさぎを見つけた。そして、オオカミにおそわれないように、うさぎをふところに入れおきょうを唱えていた。そのうさぎもいっしょに博多行きの船に乗り込み、嵐が強くなった時、やはり大応はおきょうを唱え、無事を祈っていた。その時、なんとうさぎが海へとびこみ道をつくったのだ。それは、私はうさぎが大応に恩返しをしたのではないかと思った。命を助けられたうさぎが、こんどは大応の命を助けるのだ。昔の人は小さな生き物でも命を大切にすることは大切なことだし、心がある事を伝えたかったのだと思った。
あれから800年もたった今でも、うさぎを、竜王さまとして大切に守っていき、現在の人々に伝えていけるのは
「永遠の感謝」「小さなことの感謝」
の心があるからだと思う。
その大応の心の温かさと、真面目さが、私の心にはお寺の鐘のように響く。お寺には古いものがまつられているけれど、それは大切なものを思う人々の心が永遠に伝えてきたのだということを改めて感じることができた。
■上原 萌子 福岡市立当仁小学校五年
【「ヒバリと借金」を見て】 上原 萌子
福岡昔話の一つ「ヒバリと借金」を見ました。「ヒバリと借金」は、ヒバリが働かずウズラにあわを借金して、ウズラにあわを返さず、ウズラと言い合いになってしまう話です。
ヒバリが借金をしたのは、全部ヒバリが悪いと思います。ヒバリが借金をしたわけはただ一つ、ヒバリが働かなかったからです。ヒバリが働かなかったから、ウズラからあわを借りることになったり、スズメをおどしてしょう人にしたりすることになったと思います。ヒバリがあわを借りたのに、あわを返す日がきてもあわを返さないヒバリにおこったウズラは、しょう人のスズメに、ヒバリのかわりにあわを返せといいだしました。その時のスズメがとてもかわいそうに思いました。そのあとに、ヒバリとウズラが言い合いになってしまいました。ヒバリが借金したのも、ウズラと言い合になったのも、全部ヒバリが働かなかったからだと思います。
このヒバリと借金が福岡の昔話になったのは、働かなければいろいろと大変なことになる、と伝えたかったのかもしれないと思いました。それにしても、ヒバリが「オヤトレコトレ」ウズラが「ナンデチャモッテク」となくなんて私は知りませんでした。今まで思いもしなかった鳥の鳴き声に耳をむけてみよう、そしてその鳴き声にこんな人々が伝えた話があるなんておもしろいなあと感心しました。
■舟喜 啓 福岡市立当仁小学校五年
【ヒバリと借金を見て】 舟喜 啓
ぼくは、福岡に伝わる昔話「ヒバリと借金」について、二つの感想が思いうかびました。
一つ目は、ヒバリがうずらに借りたアワを十日後に返すということの証人が気の弱いスズメになったことです。
そのスズメをヒバリがつれて来たときうずらが
「お前、本当に証人になってよかと。」
と聞くと、スズメは
「あ、あの、はい。」
と言いました。その時ぼくは本当に気の弱いスズメだと思いました。
二つ目に思ったことは、ヒバリがアワを借りたことをなかったことにしようとしていたことについてです。
スズメの気の弱いことを利用して、ヒバリはうずらにアワを返さなかったのです。それにおこったうずらは、アワ返せとどなりました。それに対してヒバリは、
「親とれ、子とれ。」
と言いまたうずらは
「なんでちゃ持ってくと。」
と言いました。そしてその言い争いは今でも続いているそうです。
ぼくは人それぞれ個性があるので、その個性を利用するヒバリはとても悪いやつだと思いました。
■山本 和弘 福岡市立当仁小学校五年
【竜になったうさぎ】 山本 和弘
ぼくは、竜になったうさぎについて書きます。このお話は、八百年ほど前のお話です。お寺にいたおぼうさんたちが福岡に帰っていいことになって、一山を下っているときに1ぴきのうさぎを見つけました。そのうさぎの近くからオオカミの声が聞こえたので、おぼうさんは、うさぎがオオカミにねらわれていると思い、うさぎをふところに入れました。そして、おきょうを大きな声でとなえはじめました。おきょうをとなえていると、いつのまにかオオカミの声がなくなりました。オオカミの声がなくなったので、うさぎをふところから出しました。港に行っているとうさぎがおぼうさんの後をついてくるから、またおぼうさんがふところに入れました。そして、港に行って船に乗って福岡に行くためのげんかいなだに通りかかった時、海の流れがはげしくなってきました。あれはじめたので、おぼうさんはおきょうをとなえはじめました。おぼうさんがおきょうをとなえていると、ふところにいたうさぎがぴょんと飛び出して、海に飛びこみました。うさぎが飛びこんだ海が、2つにわれました。おぼうさんは、2つにわれて道ができたところを通って行きました。そして空を見ると、うさぎが竜になって空高くまい上って行きました。
ぼくは、うさぎをたすけてよかったと思いました。うさぎは竜だったのでびっくりしました。おぼうさんもうさぎが竜だったのでびっくりしただろうと思います。