優秀賞

[四年]

■瀧北 あかり 福岡市立大名小学校四年
【おもいやり、そしてやさしさ】 瀧北 あかり

 あなたは、うさぎがりゅうになる。これをどうそうぞうしますか。わたしは、初めそうぞうがつきませんでした。でも、うさぎと大応国師の関係を中心に見ていくと、大応国師がうさぎにやさしくした事で、うさぎはりゅうになったんだと思います。もう一度そうぞうして下さい。そうぞうできましたか。
 このお話を見ていくうちに、わたしは大応国師は心のやさしいおぼうさんなんだな、と思いました。それは、博多に帰る船に乗った時のこと。とつぜん大嵐がきた時大応国師は、船を守るため、自分を守るため、そしてうさぎを守るために、ひっしになって、おきょうをとなえはじめたのです。みんなを守ったんだと思います。
 自分の心と大応国師の心をくらべてみるとわたしは、大応国師のやさしさの半分しかない事に気がつきました。
 わたしは、友達に物をかしてあげたり、ひろってあげたり、助けてあげる事はできます。でも、知らない人にやさしく声をかけたり、助けたりすることが勇気が出ずなかなかできません。大応国師とわたしのちがいは勇気だと思います。
 これからのわたしの生活は、大応国師のようなやさしい心のある自分になって、知らない人にもやさしくせっしてあげられる自分になればいいなと思いました。

■永易 康生 福岡市立大名小学校四年
【りゅうになったうさぎ】 永易 康生

 みなさんは、船があらしになったときどうしますか。ぼくはほかの人を助けて海にとびこみます。このお話では、あらしになったとき、大応国師はもうだめだと自分の命をあきらめかけます。しかしうさぎが海に入って海の中で道を作ったのです。そして、大応国師をぶじにめいのはまにとどけさせました。ぼくは、そこが心に残りました。うさぎが、おおかみにおそわれそうになったとき、大応国師がうさぎをだきかかえておきょうをとなえてうさぎをすくったところも心に残りました。
 このお話では、うさぎがりゅうになって大応国師をたすけたことを感動的に伝えたかったのだと思いました。うさぎが金色のりゅうにかわるのを見て、かっこいいなあと思いました。うさぎがりゅうに変わるのがとても不しぎでした。大応国師は、動物が大好きなんだなあと思いました。自分の生活を「動物にやさしくする」ということでふり返ってみました。ぼくは、あまりやさしくできていないなあと反省しました。ぼくは犬を三びきかっています。ごはんをあげたり、おさんぽしたり、ときどきブラシで毛をとき、みばえをよくしています。かっている犬にはやさしくできますが、他の動物にはあまりやさしくできていないと思いました。これからは、他の動物にもやさしくしていきたいです。

■桑野 豪 福岡市立大名小学校四年
【竜になったうさぎ】 桑野 豪

 みなさんは、うさぎが道をつくることを信じられますか。ぼくは、道ができたとき、とてもおどろきました。でもこの道はうさぎの恩返しによる道だとわかっていたので、うさぎが道をつくることも、あるかもしれないなと思いました。
 このお話にでてくる大応国師の心は、ぼくよりえらいと思います。ぼくが大応国師だったら、目の前でオオカミにおそわれるうさぎを助けることはするのではないかと思います。でも、そばをはなれないからと言って、日本につれていくことまではしないかなと思います。大応国師さんは、うさぎをやさしく思うから、日本につれていったのでしょう
 大応国師の心も、オオカミからうさぎをすくう勇かんさでいっぱいだと思います。うさぎの心も、大応国師にやさしくしてもらった恩を返したいという気もちでいっぱいでした。大応国師とうさぎは、おたがいに信らいしあっていたと思います。ずっといっしょにくらしたことでしょう。ぼくもそんなうさぎに出会いたいです。大応国師のように動物と心がかよいあえば楽しいことがいっぱいあるのではないかとわくわくします。うさぎがりゅうになってたくましくなったように、ぼくも強くたくましい人間になりたいです。

■魚返 菜月 福岡市立鳥飼小学校四年
【「ヒバリと借金」をみて】 魚返 菜月

 ヒバリはウズラにあわをかしてもらうためにすずめをおどかして、むりやりしょうにんにしました。ヒバリはそんなことをして、ひきょうものだなとおもいました。自分が仕事をしないからえさがもらえないだけなのに、気の弱いすずめをおどかして、かわいそうです。ヒバリも自分でやっていることをしっかり考えていろいろしたり、やったりすればよかったと思います。
 そして、ウズラに
「十日後に返してもらうからな。」
と言われていたのに、約束の日になっても、ヒバリはウズラにあわをかえさなくて、そのせいですずめまでウズラにせめられてしまいました。ヒバリは「返せ。」と言われた時に、あやまったほうがよかったんじゃないかなと思いました。それに、「かしてもらってなんかないばい。」とうそをついたりして、ウズラはせっかくあわをかしてくれたのに、ヒバリはそのウズラをだまそうとしました。もう少し自分のやっていることを考え直したほうがいいと思いました。わたしは何かする前にしっかり考えて正しい事をしたいです。
 いろいろ考えることのできた昔話でした。

■毛利 太哉 福岡市立曲渕小学校四年
【曲淵城主と時頼】 毛利 太哉

 「北条時頼だったんだ。」
ぼくはこのお話が終わった時にそう思いました。
 寒い日にじんごべえさんの家におぼうさんがやってきてとめてほしいと言いました。でも、おぼうさんがみすぼらしいかっこうをしているので、とめんほうがいいと言いました。しかし心やさしいじんごべえさんはおぼうさんに家にあがってもらい、もてなしをしました。
 次の日、おぼうさんから手紙をもらいました。その内ようは厚いもてなしをしてくれたから、おれいをしてくれというものでした。おぼうさんはこれをたかすのとのさまに見せてくださいといいました。じんごべえさんは、なにかあったのだろうかと心配していました。じんごべえさんはたかすのとのさまに会いに行きました。とのさまはフムフムとうなずき、じんごべえさんに近づきました。そして
「ありがとう。厚いもてなしをしてくれたのじゃな。」
と言い、じんごべえの手をかたくにぎりました。その後、びっくりしました。なんとおぼうさんの本当の名前は北条時頼でした。厚いもてなしをしたじんごべえさんはおれいをいっぱいもらい、早良区いったいをおさめる城主になりました。
 じんごべえさんは心やさしいから曲淵城主になれたのだと思いました。ぼくもこれから、やさしく人とせっしたいと思いました。

■坂井 芙美 福岡市立東光小学校四年
【やさしいじんごべえさん】 坂井 芙美

 私が一番強く感じた事は、知らない人でも、ちゃんと心よくしてあげたらいい事があるんだなぁということです。あとは、すごくえらい人なのにどうして、服などがきたないのかなぁと思いました。心に残った言葉はじんごべえさんの「あたたかいお茶でも飲んで あったまって下さい。」というやさしさの言葉です。なぜかというと、服そうがきたなくてどんなことをするかわからないのに、やさしくふるまっているからです。自分だったら、おかみさんといっしょで「いれん方がいいよ。」とじんごべいさんをとめます。わけは、知らない人が家に入ってくると思うと、やっぱりこわいからです。さいごのところで、お礼をしてもらった時に、やさしくすることは、すごく相手にしてはうれしくてしょうがない事とわかりました。私は、友だちとケンカしている時に、私と一番仲がいい人に助けてもらった時、すっごくうれしかったです。私も友だちがケンカしてる時は、みかたになってあげました。その時は、すごく気持ちよかったです。たぶんじんごべえさんもやさしい事をして気持ちよかっただろうなぁと思います。

■山本 晴夏 福岡市立東光小学校四年
【まだ返してない?あわの借金】 山本 晴夏

 私が三つの昔話を見て一番心に残ったのは、「ヒバリと借金」でした。
 私がこの話しを見るのは初めてで、とても「責任」というものを感じました。
 主人公のヒバリは全く働かず、あわの借金をかかえています。働きもののうずらは、ヒバリの借金を取り立てています。ヒバリのしょう人となるすずめは気が弱く、ヒバリからおどされて、いやなのにしょう人にされてしまいます。私は、そのすずめに勇気を出して、いやなら「いや」とはっきり言えるようになってほしいです。それは、私もはっきり自分の気持ちを言えなくて、こうかいしたことがあるからです。
 ヒバリには、もっと自分に責任をもってほしいです。そして、弱い人をいじめたり、おどしたりしない心を持ってほしいです。
 私は、このお話を見て、借りた物は、きちんとやくそく通りに借さなきゃいけないなあと思いました。

■本田 ひなた 福岡市立大名小学校四年
【少しのやさしさで】 本田 ひなた

 うさぎが歩いた海の道が、二つにわれて、まったいらな道ができたらあなただったらどう思いますか。わたしは、なんだかうきうきします。うさぎが歩いた海の道が二つにわれてまったいらな道ができるなんてしんじられますか。
 八百年ほど前の話、中国がそうとよばれていたころのこと。大応国師というおぼうさんが八年間しゅぎょうしていました。ある日のこと、しゅぎょうが十分にできた大応国師は日本に帰ることになりました。一ぴきのうさぎがオオカミからにげていると知った大応国師はうさぎをふところにかくすと大きな声でおきょうをとなえはじめました。オオカミはぶじににげていき大応国師はおくれず船にのることができました。しかしげんかいなだに入ったとたん波はあらく、天気もわるくなり船がてんぷくしそうになりました。それを救ったのはあのうさぎでした。うさぎが歩いた海の中はまったいらな道になりました。大応国師はその道をめいのはままであるいたそうです。
 この話を聞いて、あなたの考えは話を聞く前とかわりましたか。いいことをするといいことがかえってくる。命をすくうと、自分の命もすくわれる。それくらいいいことをすることは大切だと思いました。

■春山 恵里奈 福岡市立大名小学校四年
【うさぎの伝説と大応国師】 春山 えりな

 みなさんは、うさぎが通ったところが橋になったということは、うそだと思いますよね。でもうそのようなことがおこったのです。私は、すごいなと思いました。これは、大応国師がうさぎをつれて日本に帰ったときの話です。
「お前もいっしょにいくか。」
といった大応国師は、うさぎといっしょに船にのりました。それから船は、大波におそわれました。そのときうさぎが橋をつくってくれました。
 どうしてうさぎをおいていかないでいっしょにいったんだろうと思いました。大応国師は、思いやりのあるやさしいおぼうさんだとかんじました。このお話を聞いて大応国師のようなやさしい人になりたいと思いました。今の日本は、動物をかっていたり学校やいろんな所で育てたりしています。おばあちゃんの家にも犬が二ひきいます。犬も動物だから大切にしたらいいと考えました。わたしは、おばあちゃんの犬以外の動物とあまりふれあったことがありません。これからは、いろんな動物とふれあっていきたいと思います。うさぎにこんな伝説があるなんてびっくりしました。うさぎがりゅうになったり、道を作ったりという伝説は、弱いと思われているうさぎにも、かくされた力があるということを言いたいのかなと思いました。わたしは、これからも昔のお話を聞いて見たいです。

■庄山 優里菜 福岡市立弥生小学校四年
【福岡市の昔話】 庄山 優里菜

 私は、福岡市の南区に日本昔話があるなんて知りませんでした。私は博多区に住んでいて、南区は、英語などを習いに行っています。『ヒバリと借金』というお話です。
 このお話は、働き者のうずらが、なまけもののヒバリにあわを借すお話です。
「十日で返せよ。すずめのしょう人がちゃんといるんだからな。」
と、うずらが言っていたけど十日後、行ったら、あわを用意しておらず、あわなんか借りてないと言うのです。
 だから、うずらがすずめにヒバリのかわりにあわを返せとしつこく言うのですずめがにげてしまいます。ふたたびヒバリのところに行きました。
 するとヒバリが…。
「親とれ子とれ」
と言いました。負けずにうずらも、
「なんでちゃもってく。」
と言っていい合いになりました。と言うお話です。私はなんだか、歌みたいな言い合いでおもしろいなと思いました。福岡市のわたしの住んでる近くに昔話があってうれしかったです。今度行ったら、ヒバリとうずらをさがしてみたいです。