大塚 ちえり
福岡市立
曲渕小学校一年
私の大好きな昔話「竜になったうさぎ」で最優秀賞をもらえて、とてもうれしかったです。家族のみんなも受賞にびっくりし、喜んでくれました。
この昔話が残る福岡市姪の浜の興徳寺に行ってみたいな。
【りゅうになったうさぎ】 おおつか ちえり
わたしがすごいとおもったところは、ふねがあらしにのみこまれるときに、うさぎがうみにとびこんだところです。
二つめは、おぼうさんにいてたうさぎが、りゅうにみえなかったのに、とつぜんはちだんりゅうになったところです。
すごくすごかったのは、おぼうさんがうさぎがふねにのりたいというところがわかったところです。
ふしぎにおもったところは、はちまんりゅうのからだはりゅなのに、かおがなぜかうさぎだったところです。
おもしろかったところは、うさぎがおぼうさんについてくるところです。
おかあさんはたぶんこのおはなしをしらないとおもうのでおしえてあげたいです。そして、おかあさんに、めいのはまのこうとくじにつれていってもらいたい、りゅうおうさまをみてみたいです。
瀧北 未来
福岡市立
大名小学校二年
賞を取れると思ってなかったので、びっくりしました。この話を見て、人から借りたものは今度から返そうと思いました。貸してくれた人が困ったり、もう二度と貸さないと思ったりするかもしれないからです。
【いじわるしません】 たき北 未来
「おやとれ子とれ。」
「なんでちゃ、もってく。」
ヒバリとうずらがこう言っているところが、おもしろかったです。
ヒバリは、うずらにあわをかりたのにかえさなかったから、わるいと思いました。だって、ふつうはかしてもらったらかえすのに、かえさなかったからです。
じつは、私もヒバリみたいに人のものを、かえさなかったことがあります。友だちは、なきそうでした。私はわるいことをしたなと思いました。でも、けっきょく、かえさないまま今も私がもっています。どうしても、かえしたくないものだからです。もしかしたら、ヒバリも私と同じ気もちだと思います。でも、このビデオを見たので、かりたものは、ちゃんとかえそうと思います。うずらのようにこまっていたら、友だちがかわいそうだからです。
やさしいきもちをもちたいな。
加嶋 太樹
福岡市立
曲渕小学校三年
先生が「今年は駄目だったらしいよ」と言われたので「なんだ、残念だな」と思っていたら「うそ、今年も最優秀賞やったよ」と言われ、喜びました。この話を感想文にした理由は、言葉が面白かったからです。
【ヒバリとしゃっ金】 かしま たいき
「ああはらへった。」
と、ヒバリがえさをさがしていると、ウズラに会いました。ヒバリは、ウズラに、十日たったらかえすとやくそくして、アワをかりました。十日たっても、ヒバリはアワをかえしませんでした。ウズラがおこって、言い合いになりました。
ヒバリは、
「おやとれことれ。」
と鳴き、ウズラは、
「なんでちゃもっていく。」
と、今でも鳴いているそうです。と言うお話でした。
ぼくは、ヒバリは、やくそくの日が来ても、アワをかえさなかったので、わるいなと思いました。
でも、ぼくは、ウズラもわるいなと思いました。なぜならなにもかりていない、しょう人に、ヒバリのかわりにアワをかえせと、言うからです。
ぼくは、アワってなんだろうと思いました。
お母さんに聞くと、
「お米のなかまで、時どきお米にまぜて、たいたことがあるから、たいきも食べたことあるよ。」
と、教えてくれました。ぼくは、あれだったんだと思いました。それから、
「おやとれことれ。」
は、どう言う意味なんやろうと思いました。お母さんに聞くと、
「親でも子どもでも、なんでももっていけと言う意味なんじゃない。」
と言っていました。
ぼくは、
「おやとれことれ。」
と、
「なんでちゃもっていく。」
の言い合いは、いつまでつづいたのかなと思いました。
ぼくは、ヒバリやウズラが、本当にこんなふうに鳴くのかどうか聞いてみたいです。
金子 美波
北九州市立
横代小学校四年
J:COMの「ふくおかむかしばなし」は、絵がかわいいから見たくなります。「ヒバリと借金」は、ヒバリの悪いところやウズラのいいところが工夫されて表されていて感動しました。賞までもらえてうれしいです。
【ヒバリと借金】 金子 美波
わたしは、インターネットでジェイコムのホームページを開いて、メディアプレーヤーでこの『ふくおかむかしばなし』を見ました。
インターネットでは、何度もくり返してみることができます。一回目は全体の内ようをつかむために、二回目は自分で気付いたことをメモしながら、三回目は見直しのために見ました。
このむかしばなしは、絵本とちがってフェルトみたいな布が使われていたりわたが使われていたりして、手作りされているようで、心がこもってかわいかったです。
この話の主人公は、仕事をしないなまけ者のヒバリです。他に出てくるのはウズラとスズメですが、ウズラは礼ぎ正しくて、働き者です。スズメは、ヒバリにむりやり連れて来られ、ほしょう人にさせられました。少しかわいそうだったけど、にげてしまうのは、むせきにんだと思いました。わたしだったら、ちゃんと働くだろうし、ほしょう人にはならずにことわると思います。そして、もしほしょう人になっても、にげずにヒバリにきちんと話をして、かりた物は返すようにせっとくします。わたしは、どちらかというとウズラタイプかな?と思いました。
最後に鳴いたヒバリとウズラの鳴き声は、わたしの身近な所でも、耳をすませばそんな風に聞こえるのかなと思いました。実さいに、ヒバリやウズラの鳴き声を聞くことはできなかったので、どんな鳴き声をしているのかインターネットで調べてみました。ヒバリの鳴き声は、早口でうるさくてこの話のように口ばかりのような気がしました。ウズラの鳴き声は、ヒバリよりもゆっくりで、そう聞こえないこともないなと思いました。そんな印しょうがこの話を作っているように思いました。
伊藤 真帆
福岡市立
鳥飼小学校五年
私は、本が好きですが、昔話はあまり読んでいませんでした。でも「ヒバリと借金」を見て、昔話の面白さに気付きました。これからは、昔話をたくさん読んでいきたいと思いました。賞を取れて本当にうれしいです。
【ヒバリの借金】 伊藤 真帆
私はヒバリと借金を見て、三種類の鳥が三人の人のように感じました。
まず、スズメです。スズメは、ヒバリに無理やり証人にされて、ウズラから証人だから責任をとれと言われてとてもかわいそうでした。私がスズメなら、くやしくてなにか文句を言っていたと思います。
次に、そのスズメを責めたウズラです。ウズラは、いろんなことで失敗をしていました。ヒバリにあわを借してしまったし、証人のスズメを責めてにがしてしまいました。ウズラは、そのことをすごくくやんでいると思います。
最後に、ヒバリです。ヒバリは、無理やりスズメを証人にしたり、ウズラにあわを借してもらったままかえさなかったりしました。ヒバリは、得をしたのでしょうか。私は、ヒバリは大切な友達を失なってしまったと思います。これから、助けてくれる友達はいるのでしょうか。
私は、三種類の鳥みんなが、不幸になったと思いました。それは、証人になるのを断われなかったし、よく考えずに責めてしまったし、ずるいことを考えてしまったからです。
私は、ヒバリの借金を見て思いました。それは、よく考え、自分の気持ちをちゃんとあらわし、人に伝えてあまりよくばらないことが大切だということです。
有須田 遥華
福岡市立
大名小学校六年
私は、民話が大好きです。淡々と語られていくものの中に、深い温かみを感じるからです。今回のお話も、昔話として私に温かみを教えてくれました。最優秀賞と聞いて、とてもうれしかったです。ありがとうございました。
【魚心あれば、】 有須田 遥華
誰かのために優しい心を持てば、必ずそれは返ってくる—それが、この世界の定理であるという事に私は気付かされた。
竜になったうさぎは、お坊さんから助けられた後、実に様々なことを考えていたと思う。
助けてもらえたことは嬉しい、けれどどうすれば相手に恩返しができるのだろう?「ありがとう」の五文字が言えなくて困ったことは、私にも経験がある。
この話の場合は他人同士だが、私の場合は家族である。
夜、塾から帰ってくれば、母が台所でものを洗う音がする、父が仕事でパソコンを動かしている音がする。いつもならば当たり前の光景だったが、たった今から変わったような気がする。
家の中には、いつだって柔らかく、そして暖かな空気が漂っていた。それはきっと、四人家族それぞれがお互いを思う心に、気持ちに携わっているのだと感じた。
でも—。距離が近いから故か、感謝の気持ちを言葉にできない。そして自分が、もどかしくなる。
こんなことなら、「いっそありがとうという言葉なんてなければよかったのに。」そう思うことだってある。
だからこそ、この話のウサギを好きになった。言葉じゃないけど、行動でストレートに感謝の意を伝える姿に感動した。
「ありがとう」その気持ちは、言葉として使うためだけのものではない。行動で示すことだってできる。複雑だけど単純なこと。
最後に。温かい気持ちは、伝染するものであるということ。でも、その伝染は「きっかけ」がないと生まれない。だから、私たちは心を持っているのだ—伝え合うために。
私の好むことわざにこんなものがある。
「魚心あれば水心」—と。