この話を見て心に残ったことは乙しゃんが友だちからガッパの弱みを聞いてガッパをすもうでやっつけるところです。
乙しゃんがいつも親友とお酒を飲んでその帰りに橋を渡っていると、ガッパがすもうを取っていて、乙しゃんもいっしょにやりはじめましたがすぐにまけました。すると、親友が、
「頭の水がおちればいい。」
と教えてくれて、乙しゃんがやってみると本当でした。私は
「すごいなあ。」
と思いました。
乙しゃんの親友が乙しゃんに教えてなかったら乙しゃんは一生負け続けていたのかなと思いました。
乙しゃんや、ガッパのすもうはもうどのくらいやっているんだろうと思いました。わたしは、
「一年はやっていたのかなぁそれでよくあきないなぁ。」
と思いました。
それからわたしは、
「カッパって言う生き物は本当にいるのかなあ。」
と思いました。北九州市の山でカッパがいたずらしておぼうさんにくぎをうたれて石になったと言うことを先生から聞いてわたしは、
「ガッパって、とてもふしぎな生き物だったんだなあ。」
と思いました。
わたしはこの昔話を見て一度ガッパを見てみたいと思いました。
僕は『ものいうぐうず』を見て、森でおじいさんが喋べるかめを見つけた時、かなりびっくりしました。
何故かというと、かめが喋べるとは思わなかったからです。おじいさんも同じ気持ちだったと思います。こんなめずらしいかめを見つけられたのは、仕事を一生けん命がんばっていたからだと思います。
ぼくも一生けん命がんばった事が何度もあります。そうしたら、ソフトボールの練習を一日も休まずにここまでこれました。たとえかんとくにでもコーチにでも、たった一つだけど、自まんできるようになりました。そのたった一つが僕の一生の宝物になると思います。あと、他にも友だちにできるだけやさしくする事も大事だと知りました。そのおかげで本物の仲間と言える人が多くなりました。
だから一生けん命努力しても、むくわれない人の気持ちはよく分かります。だから、喋べるかめを持って帰って来て、幸運をもたらした時はホッとしました。
その後、おじいさんがおばあさんにかめの言葉を聞かせようとした時、僕はドキドキしました。
わけは、
『おばあさんが声を聞くとどんなリアクションするかな。』
と、思っていたからです。
その後、しょう屋さんに見せて、お金をもらったのを見て、おじいさんはよかったなと思ったけど、しょう屋さんもやさしいなと思いました。
僕も、いつかおじいさんのような幸運がくるといいなと思います。
そのために、一生けん命がんばることを忘れないようにしたいと思います。
私は、あめかいゆうれいのお話を聞いたことがありました。でも、死んでも赤ちゃんを育てたかったお母さんが、ゆうれいになってあめを買いに行って赤ちゃんを育てていたのが本当にあったお話だとは、知りませんでした。ジェイコムのビデオを見て、初めて本当の話だと知りました。
私は昔話はいっぱい知っているけど、つくり話だと思っていました。このビデオを見ながら、
「あめかいゆうれいは本当だったんだ。天神にこんな昔話があったなんて知らなかったな。」
と思っていました。
もっとあめかいゆうれいについて知りたいです。あめかいゆうれいのお話で、一番びっくりしたところは、ゆうれいがしゃべったところです。
「ゆうれいは、しゃべるんだ。知らなかった。」
と思いました。ふつうのゆうれいは、言葉をしゃべらないけど、あめかいゆうれいのお話では、ゆうれいが
「あめをくださいな。」
としゃべったのがすごくびっくりしました。ほかのゆうれいは、
「うらめしやー。」
とかしか言っていないのにすごかったです。
私は、あめかいゆうれいについてもっとくわしく調べてみたいと思いました。
「校区に、あめかいゆうれいみたいな、昔話があったので、学校にもそんな話があったら調べてみたいな。」
と思いました。
私は今度、安国寺に行ってあめかいゆうれいのおはかを見てみたいです。
今日、「もの言うぐうず」のビデオを見て、おじいさんとおばあさんは、びんぼうで、もうお正月で、年をこすために、もちをたべないといけないのに、おじいさんは、山にもちぼうをつくりに、行って、はしのところで、おじいさんがある言葉を言うと川からカメがしゃべって、おじいさんは、はじめは、びっくりしたけど、そのカメを気に入って、おじいさんは、そのカメを家にもってかえった。
そして、おじいさんとおばあさんは、カメを見て、おばあさんも、びっくりした。
また、おじいさんがあることばをしゃべると、カメが「お米をこしゃれ」と言って、おばあさんはびっくりした。
そして、二人は、しょうやさんのところに行って、そのカメを見せて、このカメはしゃべるよとおじいさんが伝えた。
すると、しょうやさんが言った。
カメはちゃんとしゃべって、おじいさんは、ゼニをたくさんもらった。
そのあと、お正月がきて、おじいさんとおばあさんは、もちをつくることができた。
おばあさんは、ファイトーファイトーといっておじいさんがはりきって、いっぱいごはんともちを食べたと思う。
このおはなしは、「お米をこしゃれ」といって、おじいさんとおばあさんとカメは、しあわせにくらしたと思う。そして、二人は、カメと遊んだり、自まんした。
もちのぼうがおれて、また山にいって、はしのところに行って、
「もちつきぼうはきったれど、」
とおじいさんがうたったら、また、ぐうすがでてくるかもしれない。
何かカメがほしくなった。
わたしは、あめ買いゆうれいが一番心に残りました。なぜかというとお母さんゆうれいがおはかの中で生まれた赤ちゃんを死んでまでも育て、毎ばん、あめを買って育てていたからです。
わたしは、ゆうれいのお母さんは、自分が死んでしまったから、自分のかわりに元気に生きてほしいから一生けん命あめを買って、その赤ちゃんも育てていたんだと思いました。
私のお母さんもきっととてもたいへんな気もちで育ててくれてるんだなと思いました。
でもあんこく寺できづいて、あんこく寺で育てたけどすぐに死んじゃってとてもかわいそうでした。でもあんこく寺の人がとてもしんせつだったのでおはかをいっしょにしてよかったなと思いました。なぜかというとまた、土の中でゆうれいだけどいっしょにあえるからとてもよかったなと思いました。ゆうれいのお母さんは、毎ばんあめを買いに行くのは、とてもたいへんだっだと思うけど赤ちゃんを育てて、とても赤ちゃん思いなんだと分かりました。あめ買いゆうれいを見てわたしは、とてもいいお母さんだし、赤ちゃんもあめだけで生きていてとてもじょうぶなんだなと思いました。
わたしは、赤ちゃんは、なんで人が育てようとして、すぐに死んじゃったのかなとこのお話を読みおわったときにいつも思います。
私は、校区にある安国寺に行って、あめ買いゆうれいのおはかを見に行って、あめ買いゆうれいのお母さんと赤ちゃんを、おいのりしたいと思いました。
あめ買いゆうれいのお母さんは、最後までとてもやさしお母さんだったなと思いました。
これからも、いろいろな昔話をたくさん読んでいきたいと思いました。
私が三つのお話しの中で一番いいなあと思ったおはなしは、あめ買いゆうれいです。
なぜかというと、おはかで生まれたこともすごいと思ったし、あめ売りやさんが、ゆうれいに、あったところもあえたんだ。とも思いました。それに私は一番最初からゆうれいのおはなしと思っていたのでドキドキして、とってもわくわくしていたからです。
昔話の多くは、かわいいという感じだったけど、私は、あめ買いゆうれいがいいと思いました。
他にも、わけがあって、私があめかいゆうれいでいいなあと思ったことを全部最初から書くと、一つ目は、あめやさんにあめをかいに来たことです。おはかで生まれた赤ちゃんのためにゆうれいになってまで、働くお母さんを見ていいお話しだなあと思いました。
二つ目は、私や友だちは天神にすんでいて、私も、友だちも、安国寺を知っているので、聞いたときとってもおどろきました。そして、ぱぁっと消えていくところを見てみたいなぁと思いました。
私は、あめかいゆうれいみたいに、感動もあって、おどろき、すごさのあるいい昔話がのってあるチラシを持っています。こんなチラシみたいなものなどで、調べて、もっと福岡のおはなしと、天神のおはなしをきいてまなんでいったら、天神のことがもっとわかると思いました。昔話は私にいろんなことを教えてくれました。それぞれあるけれど、ゆうれいのおはなしで、こわいばかりじゃないということがわかりました。
「お米でこしゃれ。」
ぼくは、もの言うぐうすを見て、一番気に入った言葉です。なぜかと言うと、声がかわいかったからです。
ストーリーは、まずしいおじいさんが、年をこすためにもちつきぼうだけ切りに行きます。ぼくは、ここは、いつもの昔話と同じだと思いました。そして、橋の上で、「もちつきぼうは切ったれど・・。」と言う歌を歌います。すると、橋の下から、声がしました。その声がすごくかわいかったです。
こえの主はかめでした。おじいさんは、かめを持って帰りました。ぼくは、これで、ゆうふくになるのかなぁと思いました。ぼくが、おじいさんなら、もちかえらないと思いました。それは、せわがめんどくさいからです。家に帰ると、おじいさんが、おばあさんに、かめの声を聞かせました。おどろいた、おばあさんは、しょう屋さんに見せました。めずらしいもの好きな、しょう屋さんは、
「本当にかめがしゃべるなら、おまえらにぜにを、たくさんやろう。」
と言いました。その後に、かめがしゃべったので、ぜにをたくさんもらったおじいちゃんとおばあちゃんは、ゆうふくになりました。
ぼくは、かめがしゃべるとそうぞうしただけで、おもしろいと思ったし、よくしょう屋さんが、これだけの事で、ぜにをくれたなと思いました。
このお話は、いつもの昔話のパターンがちょっとちがったし題名が謎めいているので、おもしろかったです。だから、ぼくは、この話をわすれないと思います。また見たいです。
やっぱり一番おもしろかったのは、かめの声です。
私は、昔話と聞くと、うらしまたろうや、ももたろうなどを思いつきます。でも、知らない話を聞いて、1番に心に残った話は、あめ買いゆうれいです。心に残った場面は、あめを買いにきていた女の人が、ゆうれいで、死んでいても今、生きているわが子を育てていると、そうべいとおしょうさんが、分かったところです。そこで、死んでいても、わが子を思う気持ちが、私のむねにひびきました。そうべいの店の、あめを買いにきて、かわいらしい、まあたらしい、お寺のおはかでうまれた、赤ちゃんを育てるところが、家族でしか見えない、深いきずなと私は思います。おもしろかったところは、赤ちゃんをたすけるために、あめを買いに来るというところを、おもしろいなと思いました。私は、福岡でもこんな昔話があるんだと分かりました。こういうむねにひびくような話は、私は心にいっしょう残りそうです。私は、昔話を聞いて、あめでも、赤ちゃんを思う気持ちと、あめで、たった、短い2日間でもいきていられて、その赤ちゃんは幸せだなと思いました。女の人は、赤ちゃんに、あめをわたすとき、私のかわりに幸せになってほしいと思う気持ちで、わたしていると思います。主人公のそうべいは、その話をしって、赤ちゃんは、この世で生きていないお母さんでも、お母さんとの目にはみえないかたい糸で結ばれていて、ふつうの人では見えないきずながあると思います。このあめ買いゆうれいを聞いて、家族のきずなというのが分かりました。
夜に女の人が、あめを買いに来て、毎ばんあめを買いに来るところが、ぶきみでした。それに、同じ時間に来るところがぶきみです。女の人の手が、つめたいところが、どっきりしました。ふしぎに思った、あめ屋のそうべえは、女の人を追うことをけついしたところが勇気あるなあと思いました。そして、おはかのところで、女の人が、消えたところが、ぞっとしました。そして、あめ屋のそうべえが、おしょうさんに、言って、おはかのところをほって赤ちゃんが出てきたところがぎくりとしました。赤ちゃんは、土に入っていたのに、生きているところが、ぶきみでした。なんで、生きていれるのかなあと思いました。女の人が、あめを買いに来たわけは、赤ちゃんのためだったということが分かりました。最後、神社のところに、あめ買いゆうれいのおはかがうつって、本当に、あめ買いゆうれいのおはかがあるんだなあと思いました。あめ買いゆうれいは、なんとかして、赤ちゃんを育てたいと思ってたけど、おしょうさんが、育てて赤ちゃんが、死んでしまったところがしんみりしました。赤ちゃんなのに、まだまだ生きれるのに死んでしまって、もっと生きればいいのになあと思いました。女の人はやさしいなあと思いました。きっと、赤ちゃんたちは、天国で、仲よくしていると思いました。
私は、「もの言うぐうず」を見ておじいさんとおばあさんはいい人だなと思いました。
なぜなら、しょうじきもので、一生けんめい働いていたからです。でも、おじいさんとおばあさんはびんぼうでもうすぐおしょうがつというのにお金がなくてもち米も買えなくてかわいそうだなと思いました。おじいさんはもちをつくぼうを山へ切りにいってもちをつく、りっぱなぼうを手にいれたけど私はもちがないと年をこせないからかわいそうだなと思いました。帰り道おじいさんが橋をわたりながら「もちつきぼうはきったれどとうしゃなんでこうそうか」と言ったら「おこめでこしゃれ」とどこからか声がしておじいさんがまわりを見まわしたけどだれもいませんと聞いて私はちょっとこわくなったけともう一度おじいさんが「もちつきぼうはきったれどとうしゃなんでこうそうか」と言ったらまた、「おこめでこしゃれ」と声がしておじいさんはどうやら橋の下から声がすると言って橋の下を見てみるとかめがいました。と聞いて私は、かめがしゃべったのかと思ったけどかめがしゃべるなんてありえないので私はびっくりしました。
家に帰っておばあさんに言っておじいさんが、「もちつきぼうはきったれどとうしゃなんでこうそうか。」と言ったらかめが「おこめでこしゃれ」と言ったのでおばあさんがびっくりしました。おばあさんは「これを庄屋さんに見せよう。」と言っておじいさんは庄屋さんの所へかめをつれていって庄屋さんに見せたら庄屋さんはこしがぬけるほどびっくりしました。と聞いて庄屋さんは私よりびっくりしたんだなと思いました。そして、おじいさんは庄屋さんからお金をいっぱいもらいました。そして家に帰っておじいさんとおばあさんがもちをついているときにおじいさんが「もちつきぼうはきったれどとうしゃなんでこうそうか。」と言ったらかめが「おこめでこしゃれ」と言ったので私は庄屋さんの所まで声が聞こえたのかなと思いました。でも、庄屋さんに聞こえてないのにどうしてかめに聞こえたのかなと思って今でもふしぎに思います。
このお話を聞いて私はおじいさんやおばあさんのようにしょうじきもので、一生けんめい働きたいです。