わたしは、ビデオであめ買いゆうれいを見ました。
女の人は、赤ちゃんのために毎ばん夜おそくにあめを買いに行っているところがすごく優しいと思います。でもその赤ちゃんは死んでしまってかわいそうだと思います。女の人はゆうれいになって赤ちゃんのためだけにあめを買いにいっていたことが心にのこります。
わたしは福岡に来て八年たつけどこんなお話はしりませんでした。わたしはゆうれいはきらいだけどこのゆうれいなら好きになれそうです。安国寺に一度行ってみたくなりました。でも本物のゆうれいが出たらこわいなぁ今はお金のたんいは円だけど昔は一文、二文、三文・・・とよんでることがわかりました。
このお話を見て始めてわかったことがいっぱいあります。でもあの天神にゆうれいがでたのは考えられません。
今、安国寺でくようしているそうです。
中央区なのにはかたべんをつかっていました。べつにはかた区ならはかたべんを使うのはわかるけど、なんでなんだろう?わたしのお母さんは、あめ買いゆうれいの話は知っていたけれど福岡でその話ができたのは知らなかったそうです。他の二つのお話は、お話じたいしりませんでした。でも作り話みたいにあんなにおもしろい、ふしぎな話があるんだなと思いました。福岡だけでなくいろいろな所のを見たいです。
わたしは、あめ買いゆうれいのお話を初めて聞いて、福岡市中央区天神でゆうれいが、でたことにビックリしました。わたしは、大名一丁目にすんでいます。でも、今は昔とはちがってビルやお店やマンションや家がおおいことや、昔は、自分でいろんなことをやっていることが、分かりました。
あめ買いゆうれいのお話を聞いて、おはかから、でてきてあめをいつもかいに行って、あめ屋さんの人が、ついていったらおはかの中に入っていってビックリしました。すぐに、おぼうさんをよんできておはかをほったら、死んだお母さんの上にあかちゃんが、生まれていておぼうさんが、そだててあげたけど、死んでしまってでも、おはかの中で、生んでいてビックリしました。お母さんは、子どものためにゆうれいになってまであめを、毎日かいに行っていて、お母さんは、こどものことを思っているなあと思いました。ゆうれいになってまで子どものことを思っていて、すごく、すごく大切にやさしいお母さんだと思いました。赤ちゃんもうれしかったんだと、思いました。でも赤ちゃんは、すぐしんじゃったけどそだててくれてうれしかったと思います。今、天神にある安国寺に、ねむっていることが、分かりました。
わたしのお母さんは、わたしのことを、すごく、すごく大切にしてくれてうれしいです。あめ買いゆうれいのお話は、すごくいいお話だと思います。
「とんとんとん、あめを売って下さいな。」
女の人の声がしました。わたしは、ぞくっと、しました。
「商売、商売。」
と言って、店をあけました。店をあけていいのだろうかと思い、見ていました。
「お金は、三もんあります。」
三もん?
「三もんとは、昔しのお金の事です。」
先生が言いました。昔は言葉もちがうんだなと思いました。
ひょうべいは、心を決めて、女の後をついて行きました。お寺の中に入り、おはかの前ですがたを消しました。おばけが何で、あめを毎日買っていき、おはかに帰って行くのだろうか、ふしぎに思いました。でも、あめ買いゆうれいさんは、赤ちゃんのために、ゆうれいになって、いっしょうけんめいそだてている気持ち、親子のあいに感動しました。
わたしは、親が子を思う気持ちは、死んでも、いっしょうかわらないということは大切な事だと思います。もしわたしがそうなった時には、心からかんしゃします。あめかいゆうれいの思う気持ちは、今でも百年後も千年後も一万年後もいや、もっともっとたってもずっとかわらない、かえることのできないあいだと思いました。
ぼくは、もの言うぐうずを見て、ぐうずというのはかめだと知りました。おじいさんが、
「もちつきぼうは切ったけど、としゃなんでこそうか」
と言うと、かめが、
「お米でこしゃれ」
と言ったのがすごいなーと思いました。
もってかえったかめをおばあさんに見せて、
「このかめ、しゃべるんだぞ」
と言って、さいしょおばあさんは、
「うそだ。そんなことがあるもんか。」
と思っていたのに、かめが言葉をしゃべったので、びっくりして、口をぽかんとあけて目をあけていたところがとてもおもしろかったです。しょうやさんにも、かめを見せて、
「このかめ、しゃべります。」
とおじいさんが言ったので、しょうやさんは、
「本当だったらたくさんお金をあげよう。」
と言って、かめが本当にしゃべったので、とてもびっくりして、たくさんお金をくれたので、おじいさんとおばあさんはよかったなーと思いました。
おじいさんとおばあさんは、ねっしんにはたらいていたからこんなことが起きたと思いました。おじいさんとおばあさんは、としをとっているのにがんばってはたらいているからすごいなーと思いました。
おじいさんとおばあさんはもらったお金でもち米をかって、としがこせたのでよかったなーと思いました。
わたしは、はじめ、ぐうずって何のことか分からなかったけど、かめのことだと分かりました。
わたしは、かめがはしの下にいるなんて、へんだと思いました。それに、あのかめは、どうして人の言葉、しかも日本語がしゃべれるようになったんだろう、と思いました。それから、おじいさんが、あの歌を歌わないと、かめはしゃべらないのかな、あの言葉しかしゃべらないのかな、と思いました。
それに、あのしょうやさんは、ふしぎなものが大好きなのに、どうしてきまえよくお金をくれて、かめをとらなかったんだろう、と思いました。この場面で、スーホの白い馬を思い出しました。スーホの白い馬は悲しいけど、全部が全部、そういう話なわけないか、と思いました。
それに、このかめは、どうしてほかの人が通った時はしゃべらなかったんだろう、もししゃべっていたら、どうしてほかの人はおじいさんのように、家につれてかえったりしなかったんだろう、と思いました。
『もの言うぐうず』は ふしぎだらけだし、あのぐうずもふしぎだと思いました。
わたしは、あめ買いゆうれいをみて、さいしょ、おいしいあめをうっている店に、女の人が、しまったあとに、あめをかうのが、ふしぎでした。
それで、なんども女の人がきて、男の人がさわったら、冷たい手なのでわたしは、
「なんで、女の人の手が冷たいのだろう、あとなんで、あめを三こも、買うのだろう、ふつうだったら、一こか、二こぐらいしか、かわないのに。」
と思いました。
さいごに、とうとう、女の人が、どこにいくのか、男の人がみにいきました。それで場所は、おはかでした。それで、女の人が、きえていきました。そのときわたしは、
「ほんとうのしょうたいは、死んじゃった女の人なんだ。」
と思いました。そこに、死んだ女の人の土の中に、赤ちゃんがいました。そのときわたしは、
「死んじゃった女の人の赤ちゃんだったから、あめを三こ買ったんだ、死んじゃった女の人ってやさしいね。」
と思いました。
赤ちゃんは、しばらくしてから、死んじゃいました。それで、死んじゃった女の人のところにうめてやりました。そのときわたしは、
「おかあさんのところにいけて、あえるようになって、よかったね。」
と思いました。わたしはこのはなしは、やさしいはなしだからえらびました。また、あめ買いゆうれいをみたいです。
わたしは、昔話が大すきです。 よく、おばあちゃんによんでもらっていました。
学校でもむかしばなしを見ていたけれど、こんなにおもしろいむかしばなしは、はじめてです。わたしが一番おもしろかったのは、あめ買いゆうれいです。わたしがすきだったところは、おはかに赤ちゃんがいたというところです。わたしは、おしょうさんは、いい人だと思います。ふつうの人は、おはかにいた赤ちゃんを見つけても、こわくてとても育てようという気もちをもっていないからそだてるのはむりだと思うけど、おしょうさんは、そんな人じゃなくて、赤ちゃんをそだててあげたので、心のやさしい人だと思いました。あと、お母さんもいい人だと思います。お母さんは、赤ちゃんのために、毎日人げんになってあめを買ってあげて、赤ちゃんに食べさしてあげているとは、ほんとうにえらいお母さんだと思いました。
このビデオの一番よかったところは、お母さんがあめを買ってあげているところでした。なぜかというと、赤ちゃんにとってあめは、ごはんみたいなものでした。わたしもごはんを買ってくれるのは、うれしいです。赤ちゃんも、買ってくれるのは、うれしいと思います。
これからも、日本むかしばなしをどんどんよんでいいこと、いいところ、おもしろいところを、どんどんはっけんしたいです。
三年で、「乙しゃんとガッパ」というビデオを見ました。その乙しゃんは、力じまんですもうが大すきだから、ガッパにすもうで勝つかな、と思っていたので、ガッパにかんたんに川の中にドバーンとたおされたので、びっくりしました。でも家でお父さんから乙しゃんが、ガッパは頭の中の皿に水がないと力が弱くなるという弱点を教えてもらったときは、「ああ、だから勝てなかったんだ。」と思いました。その次に乙しゃんのお父さんが、ガッパの好きな食べ物はイワシだ。と言ったときぼくは、「えっ、ガッパの好きなのってイワシじゃなくて、きゅうりじゃないの。」と思いました。ぼくは、「でも、これだけのヒントで、ガッパに勝つことができるのかな。」と、また、ふあんになってしまいました。
それで、次の日、乙しゃんがガッパの大好きなイワシを持って、きのうの橋の所に行きました。何をするのかなーと、ドキドキしていたら、乙しゃんは、でんぐりがえりきょうそうで、ガッパが勝ったらイワシをあげるとガッパに言ったのです。だからぼくは、「何をするのかな。」と思ってまたドキドキしました。ガッパがでんぐりがえりをしたとき、ガッパの頭の皿水がこぼれて、その後にすもうをとりました。たぶん、乙しゃんが勝つだろうと思ったら、やっぱり乙しゃんが勝ちました。でも、その後も、夏にすもうをとって、勝ったり負けたりしてなかよくしているそうです。
昔、乙しゃんとガッパがすもうをとった所は、今、福岡にあって、ぼくの家の近くにあるから、これもびっくりしました。
乙しゃんは一度負けたけど、ちえをふりしぼって、ガッパに勝ったし、そのおかげでなかよくなれたから、一度負けたりしたことを、ちえを使って、考えてやればいいな、と思いました。
「乙しゃんとガッパ」を今日、見ることにしました。さいしょ、先生に題名を教えてもらいました。「乙しゃんとガッパ。」という題名でした。先生が、
「乙しゃんとガッパの、乙しゃんってなんだと思いますか。」
とみんなにいいました。その、しつ問に私は女の人だと思ったので、手をあげて、私は、
「女の人だと思います。」
といいました。つぎに先生は、
「それじゃあ、ガッパはどうだと思いますか。」と言って、わたしはカッパと思っていたので手をあげたけど、ほかの人があたりました。そしてその人は、私と同じ、
「カッパだと思います。」
といいました。
それでビデオを見ました。さいしょに男の人がでてきたので、
「だれだ、この人。」
と思いました。すると、
「昔、昔、あるところに乙という。」
といったので、
「えっ」
と思いました。女の人じゃなかったのーと思いました。乙という人は、ガッパが弱いと思ってはりきってやっていたけど、負けてしまって、ガッパはすごいなと思いました。でも、乙はあきらめずに、ガッパの弱点を聞いて、できたのでよかったなと思いました。このビデオを見て一番おもったことは、おじさんからのすこしのヒントをもらってじぶんの頭でかんがえてるところです。あといいなぁと思ったところは、あきらめずにさいごまでちえをつかってやれたところです。
300年前に、天神に、ゆうれいが出たというお話でした。
ビデオを見ると、よるになり、そうべいというあめを売っているお店をしめ、ほっとひといきしていたら、「トントン」とお店を、ノックする音がして、あけると、一人の女の人が立っていました。女の人が、「あめ3文分ください。」と言って、あげると暗やみの中に、消えていってしまいました。
つぎの日もそのつぎの日も女の人は、あめ3文分くださいと来るので、ある日、ついていってみました。お寺に入ったかと思うと、おはかに入って、おはかで消えてしまいました。
そのお寺のおしょうさんが、おはかをほってみました。そうすると、赤ちゃんが出てきました。たぶんにんしんしたままなくなってしまって、おはかの中で赤ちゃんを生んで、ごはんとかがないので、お母さんが、ゆうれいになって、赤ちゃんのために買ってきてあげてたんだなと思いました。
あめ屋のそうべいも、必死で、おしょうさんに言っていたから、えらくて、心のやさしい人だなと思いました。
その赤ちゃんは、おしょうさんがいっしょうけんめい育てました。でも、赤ちゃんはしんでしまいました。その時、わたしもかなしかったけど、いいおはなしでした。
このお話は、ようちえんのころに、一回聞いたことがありました。何ども聞いてもとても楽しいような、かなしいようなお話です。
これは、安国寺というお寺であった話です。今も、おはかは、安国寺にあります。でも、本当に、ゆうれいがいるとは、思わなかったので、とても、びっくりしました。
赤ちゃんとお母さんのおはかがいっしょなので、赤ちゃんとお母さんは、今でもうれしいと思いました。