
「天じんにゆうれい?。」
天じんは、ぼくのいえの近くで、人やたてものがいっぱいです。そこにゆうれいのおはかがあるって聞いたから、ぼくはびっくりしました。
でも、よく聞くと、ゆうれいのおかあさんが、赤ちゃんのために、毎ばん毎ばんあめを買ってそだてる、かんどうてきなお話でした。
ぼくは、このおかあさんは、ほんとうはおっぱいをあげたかったのだろうな、でも、ゆうれいでむりだから、あめを買ってあげていたのだろうなと思いました。赤ちゃんは、あめのおかげで、生きておしょうさんに見つけられて、すこしでも、だいじにそだててもらったから、おかあさんは、きっとうれしかったと思います。だけど、さいごにはしんでしまって、ぼくは、かわいそうで、かなしくなりました。おかあさんは、しんでも赤ちゃんをまもってあげるなんて、すごいなと思いました。
ぼくにも、このゆうれいのおかあさんみたいにやさしいおかあさんがいます。ぼくがびょう気のとき、ずっとそばにいてくれます。おとうとが、生れてすぐに入いんしたとき、毎日おっぱいをこおらせて、びょういんにとどけていました。おかあさんは、たいへんなことがあっても、子どもをまもるのだな、ゆうれいになっても、同じなんだなと思いました。
ぼくは、いままでゆうれいはこわいと思っていたけど、やさしいゆうれいがいることがわかりました。
こんど、おかあさんと、あめ買いゆうれいのおはかに、あめをもって、おまいりにいってみたいです。
おわり

新聞でこのげき場があるのを知ってふくおかむかしばなしを見ることにしました。この題名を見た時、どんなお話なのかなと思って、インターネットをつないで見てみました。すると、それはとてもかわいいおじいさんとおばあさん、かめが出てくる人形げきでした。「ぐうず」というのが何なのか、今もよく意味がわからないけれど、わたしはきっとかめの名前だと思います。
一番いんしょうにのこったところは、かめがとても高くてかわいい声で、
「お米でこされ」
としゃべったところです。でも、さいしょは意味がよくわかりませんでした。
「もちつきぼうは切ったれど、としゃ何でこそうか」
と、おじいさんが言った言葉の意味も方言なのでよくわかりませんでした。でも、何度も何度も聞き直しているうちに、だんだんと意味がわかってきました。テレビとはちがってインターネットだから、何回もくり返して見ることができたからよかったです。
まずしくて、お正月におもちもないようなおじいさんとおばあさんだったけれど、しゃべるかめと出会えたことで、お金を手に入れることができました。よかったです。
このお話の絵を見ると、おじいさんとおばあさんはおもちをついていました。その顔は、とてもにっこりしてやさしそうでした。もしかすると、おじいさんかおばあさんが、前にこのかめにいいことをしたり、助けたりしてそのおん返しかもしれないと思いました。
もしわたしがこんなかめを見つけたら、きっと町中の人に知らせてお金をたくさんかせぎたくなります。このおじいさんとおばあさんは、おもちを買えるお金ができて年をこしたあと、かめを大切に育ててるんじゃないかなと思います。
おじいさんとおばあさんとかめがその後どんなくらしをしたのか知りたいです。

私は、あめかいゆうれいの話をビデオで見て、お母さんってすごいなあと思いました。一度死んで、そのはかの中で、赤ちゃんをうんでいて、その子のためにゆうれいになってまで子どもを育てたことがすごいと思ったのです。
死んでゆうれいになってしまったお母さんは、よくあめを買いに行けたなと思いました。ゆうれいはあまり人前には現れないというイメージがあるけど、このゆうれいは、人前にごくふつうにあめやさんに出てきていました。しかも、ちゃんと人の声になっているのですごいと思いました。そのお母さんはそれほどまで、赤ちゃんにあめを食べさせたかったんだなと思いました。お母さんゆうれいは、とってもやさしいなと思いました。
もう一つ、感じたことがあります。
それは、私たちが住んでいるこのにぎやかな天神に、やさしいあめかいゆうれいが出てきていたことが信じられません。おどろいたことにあめを売っている人も、手の冷たさを知っても、あめを売っていたのがやさしいなと思いました。
今の天神は夜もうるさくて、けっこう悪い人とかもいます。昔は、こんなやさしいゆうれいや人がいるんだから、今住んでいる私たちも、ゆうれいになる前に、今からゆうれいたちに負けないようにやさしさをもって生きていきたいなと思いました。
そうしたら、悪い人がいなくなって平和な町になっていくと思います。
私は、これまでテレビなどは、ただ見ているだけだったけど、この昔話のように、よく考えて見ていれば、勉強になるんだなと思いました。
安国寺に実さいにいってもう一どあめかいゆうれいの勉強をしてみたいです。

ゆうれい、って恐いものばかりだと思っていた。恐ろしい顔をして、足がなくて———。
でも、このゆうれいは違う。確かに、本当は人を怖がらせるようなのかもしれないけど、このゆうれいからは「何とかして子どもを守りたい」「命をつなぎたい」という、必死のメッセージが伝わってきた。そうでもなければ、母親はゆうれいにならなかっただろう。
「じゃあ、母親はどうしてそこまでして、子どもを守ろうとするのだろう?」
疑問が浮かぶと同時に、答えも浮かぶ。わたしの、ある思い出を思い出したから。
あれは三月。地震がわたしの住む地区をおそったとき。パニックになったわたしを、急いでテーブルの下へ連れていってくれた母。そのときは何も感じず、ただただ震えて泣いていただけだったが、今思うとあれは、必死で子どもに飴を買い与えるゆうれいと同じ気持ちだったのかな、と考える。
ゆうれいだって、人間だって、子を思う親の気持ちは変わらない。
「そっか。子どもの事が好きだから、守ろうとするんだな。」
それに対して、今までの自分の態度はどうだっただろう。文句、言い訳、不平。自分を愛してここまで育ててくれた両親に対して、あまりに失礼な態度をとっていたように思える。だからこれからは、テレビを通して学んだことを頭に入れて、両親への感謝を忘れずにいたいと思う。
親と子という、強いキズナを大切にして…。
そして、“ありがとう”の心を忘れずに…。

わたしは、カッパやゆうれい、ようかいなどが出てくる話が好きです。見たことがないようなもののことが書かれていると、不思議な気持ちになるからです。
この題名を見た時、心が引きつけられたような感じがしました。どんな話なのかなと思い、ワクワクしながら、見始めたのでした。
この昔話に出てくるゆうれいは、とても思いやりがある人だったんだなというのが一番の感想です。なぜかというと、死んでしまった後でも、自分が産んだ赤ちゃんを育てていこうとするなんて、わたしには考えられなかったからです。わたしが今まで読んできた本に出るお母さんゆうれいは、天国で自分の子供のことを見守っていました。それとはちがって、自分で子育てをしたという部分には本当に心が温かくなりました。
また、和紙をちぎってはったような絵からは、まるでその時の様子などが伝わって来るようでした。
これは、天神の話だけど、わたしが住んでいる北九州にはどのような昔話が伝わっているのだろうと思い、調べてみました。すると、たくさんの昔話が出てきました。「ありえないような話」がとても多いことに気付きました。現実とはかけ離れた神様の話や河童、このようなゆうれいなどです。
わたしは昔話は、遠くはなれた存在だと思っていました。むずかしい昔の言葉をたくさん使っていて、今とは全く違う考えを持つ人たちの話だと思っていたのです。でも、昔話も現代の物語も視点は同じでした。人として大切な思いやりやモラルをえがいたものが多かったです。わかりにくい言葉を現代人が使う言葉に直していけば、違いなんてどこにもないのです。
だから、これからは昔話をもっと次の世代の人たちに伝えていくべきだと思います。絶対に風化させていくことがないようにしていかなければなりません。