わたしは、カッパを見たことがありません。カッパといえばようかいの一種です。たぶんほとんどの人が、カッパはいないと思っているのではないでしょうか。けれど、わたしは、いるのではないかと思います。友達は、よく
「実際に見た?」
と聞きます。実際には見ていませんが、見てもないものをいないとは言えません。
このカッパは、漁師の市右え門の大好きな酒を全部飲んでしまいました。わたしは、カッパが飲みたい気持も分かります。だって、市右え門が毎日おいしそうに酒を飲んでいるのに、カッパはそれを見るだけでは、気持ちがおさまらないと思います。
でも、自分の好きなものを勝手にとられた市右え門の気持ちもわかります。
わたしの好きな食べ物はたくさんあります。カレーライスにグラタン、サラダなどいっぱいありますが、そんな食べ物を勝手にとられては腹が立ちます。
でも、カッパはその代わりに、雨の日でも他の船が漁の少ない時でも、市右え門にだけは魚がとれるようにしてあげたので、やさしいなと思いました。
わたしのイメージでは、カッパといえばいたずらをする悪いやつでしたが、このカッパは、いたずらも少しはするけれど、とてもやさしいカッパなんだなと思いました。
市右え門もカッパのやさしさに答えるように、毎日海に少しだけ酒を流しているなんて、カッパも市右え門もどっちもどっちで二人ともとてもやさしいなと思いました。
わたしのまわりにも、こんなやさしいようかいが出てくると、好物の食べ物を食べられるのは少しいやだけど、毎日が楽しくて、やさしい気持ちになるんじゃないかなと思いました。
わたしの通っている小学校には、カッパ池という池があり、そこには、カッパの親子の銅像が魚を持って立っています。わたしはずっとこのカッパ池の意味がよくわからなかったけどこのお話を見て、カッパの事を知ったので少しわかるようになりました。通っている小学校にはベーシックタイムというのがあり、色々な詩を読んだりしています。そのベーシックタイムでこのお話をもとにかんたんな詩を覚えました。
このお話を見て、カッパが出てくるのにびっくりしました。わたしはカッパを見た事はないけれどいるとは思っています。お話はとてもおもしろいし市衛門は最初、カッパを追い出して悪い人だと思ったけどあとから、カッパの事をうけいれてくれて心やさしい人だと思いました。
もし、わたしが市衛門だったらやっぱりじゃまものなのでカッパを追い出すと思います。最後にうけいれる事はすぐにはできないと思うし、自分の船だけがいつも大漁だと、わたしもびっくりすると思います。
ぎゃくにわたしがカッパだったら、大漁にさせたりなんかぜったいしないと思います。やっぱり何度読んでもリズム感のある博多弁の市衛門と、カッパの会話がとても頭の中に深く残っています。
また他の話も見てみたいです。
もしも、私が酒の好きな、変わったカッパだったら、市衛門の持っている酒を、市衛門がねむっているうちに、ビンごと、うばうと思います。そして、自分の家へ持ってかえってゆっくりお酒をのむと思います。昔話の、カッパのように、市衛門の船で酒をのんでいたら、私だったら、いつ市衛門が来るかドキドキハラハラして、ゆっくり酒なんてのめないと思うからです。昔話のカッパは、よく市衛門の船で酒をのんで、しかも昼ねなんて、よくできたな、と思いました。そのカッパはとてものんきなカッパだったんだなぁと思いました。
私がカッパだったら、ビンごとうばう他には、市衛門が今持っているお酒はうばわないで、市衛門の家まで行って、こっそりお酒を持っていくと思います。
あと、私が昔話を見て思ったことは、市衛門は、自分の酒をうばったカッパのことを、すぐにゆるしてあげて、しかも海に酒をたらしてあげるなんて、とてもやさしい人だな、と思いました。たぶん市衛門は、そのカッパが少し自分に、似ていると思ったから、ゆるしてあげたのかなぁと思いました。
私の住んでいる近くに、3びきのカッパの石像があります。私は、昔話で石像がつくられるなんてすごいと思いました。酒を持ったカッパの意味が、やっとわかりました。
わたしは、市衛門といいます。とてもお酒が大好きで、毎日昼も夜もお酒を飲んでしまいます。
前、川で魚をとっている時、とてもおどろいた事があります。わたしの目の前にかっぱが現れたのです。しかも酒を飲ましてくれとせがんでくるのです。わたしは、大好きなお酒をかっぱにやるなんてとんでもないと思い、おこってしまいました。かっぱがいなくなった後、わたしはおこって前よりいっぱいお酒を飲み、いつの間にかねてしまいました。
目が覚めて、わたしはまたおどろきました。船でねたはずなのに、川っぷちにねていたのです。船は沖に浮かんでいました。
わたしはあわてて船を追いかけました。そして船に追いつき、中を見てみると、なんとさっきのかっぱがいびきをかいてねているではないですか。しかもお酒を全部飲んでしまっているのです。かっぱは一生けん命謝っていましたが、わたしは、
「なんてや、こりゃ。これの大好きな酒ば返さんか、こらあ。」
と、おこってしまいました。しかしかっぱが、
「一ぺん酒ば飲んでみたかっち思うちょりましたけん。」
と言うのでわたしは少し考えてみました。よく考えてみればわたしもお酒が大好きなのでおたがいさまだと思い、かっぱを許してやりました。かっぱは、
「これからはどげな時も魚がわあっととれるごとしときますけん。」
と言って消えていきました。
それからは、本当にどんな時もわたしの船だけは魚がどっさりとれるのです。わたしはこれはかっぱのおかげだと思い、今ではあのかっぱに感謝して、船に乗る時にはお酒を少し海にたらすようにしています。ゆるしてやってよかったなと思っています。
私は、伊崎にすんでいる、酒の好きな市衛門です。私の仕事は、魚をつりに行くことです。
今日もまた、魚をつりに行きました。
でも、いつもはつれるのに、今日だけは、つれません。おかしいなと思っていると、お酒の好きなカッパが海から出てきたのです。そのカッパは、私に、
「ちょっとだけでよかけん。」
「いっぱいだけでよかけん酒をちょうだい。」
と言ってきたのです。
でも、私だって、お酒が好きですから、あげたくありませんでした。
カッパが海にもぐってから、私は、また、一口お酒をのみました。すると、私は、船にねていたはずなのに、川っぷちにねていたのです。遠くを見ると、船がうかんでいます。
どうしたことかと、私は船までおよぎました。船は、遠い所にうかんでいるので、とてもきついです。やっとついたときは、とってもきつかったです。船を見ると、あのカッパが、船にねていたのです。しかも、私のお酒を、全部のんでいたのです。私は、あっ!やられたっと思っていました。
でも少しカッパが、かわいそうな気がしたので、その日だけは、ゆるしてあげました。
だけど、あのカッパは私のつりにだけ、魚をいつもたくさんつれるようにしてくれていました。うれしいので、それからは、私が魚をつりにくる日は、少しだけ、海にお酒を、こぼしてあげます。あの時、カッパをゆるしてあげて、仲よくなれて、しかも、魚もたくさんとれるので、よかったなと思っていますよ。
昔々、伊崎の樋井川というところにぼく、カッパが住んでいました。樋井川には、漁師がいっぱいいてよく魚をつるんです。
その中に市衛門という漁師がいました。その人はいつも漁をしながら酒を飲むんです。
ぼくはその酒がほしくて、ほしくてたまらなくなってとうとう声をかけてしましました。
「あのう、そのお酒、一ぱいだけでよかですけん。少し飲ませてつかあさい。」
ですが、市衛門は、
「なんだ、お前はカッパじゃないか。お前なんかにやる酒は一てきもないばい。あっちへ行け!」
「そげんいわんで一ぱいだけでよかですけん。」
「いかん、いかんそげにいったってやらんもんはやらん!」
ぼくはとうとうあきらめて川にもぐっていきました。でもあきらめきれずまたひきかえしてしまいました。
すると市衛門がよいつぶれてねているではありませんか!それに、ちょうど船が岸に近かったのでぼくは市衛門を砂浜においてぼくは酒を飲んでしまったのです。いつの間にかねむってしまったようで目を覚ますと市衛門が目の前にすごい形相をして立っていました。
「わぁぁ。こりゃ市衛門さんすいまっせんすいまっせん。あんまり酒がおいしかったもんで・・・。」
「おまえ酒を全部飲んでしまったとや・・・。まぁゆるしてあげよう。おまえも酒が好きなカッパなんてかわっとるなぁ。」
それからぼくは市衛門の船だけには、どんなに天候が悪くても魚がとれるようにしました。
私の学校のとなりには、カッパ池という川があります。そこにはカッパの親子のぞうがたっていてその中の一ぴきが酒をもっています。もしかしたら、そのカッパがこのお話に出てくるカッパかもしれません!
私はこの物語を見て、初めて犬と猫の仲が悪い理由が分かりました。
おばあさんとおじいさんは、大切なまきものをなくし、犬と猫がとりもどしてくれたのに、犬をいれてくれないのは、かわいそうと思いました。私がおばあさんやおじいさんなら、犬も大切にします。なぜなら、猫だけがとってきてくれたとしても、犬も自分のために命をかけて川をわたったりしてくれたからです。
あの時、まきものを取りかえしに行ったのは、おばあさんやおじいさんの心の悲しみやいたみを理解したからだと思います。そんな心のやさしい犬を追い出した二人は、そんをしてしまったように思います。
追い出された犬の後の話はなかったけど、その後の犬は、がまん強く、前よりももっとやさしくなったと思います。そしてその後だれかにひろわれ、しあわせにくらしたんだろうなぁ。いいことをしたら、きっといいことがおこるんですね。
私も、犬のように、心が強くたくましくて、人にとてもやさしい自分になりたいです。
「自分の心の中にいたみを持つ人が、人のいたみが分かる。」
本当にそのとおりだなと思いました。
私は、酒の好きなカッパの話を見て、いい話だなぁと思いました。
さいしょは、ケチな漁師の人かと思っていたけど、勝手に酒をのんだカッパを最後にはゆるしていたので、けっこうやさしい人なんだと思いました。これまで、「つるのおんがえし」とか「ネコのおんがえし」とか、みてきたけど、この話は、題名に「おんがえし」とか、かいていなかったけどカッパのおんがえしがあったことに、きづきました。題名を見るだけでは、わからないけど、内容を見たら、すぐわかる話でした。私は、他にもおもしろいおんがえしの昔話はないのかなぁと思いました。
漁師の人へのカッパのおんがえしは、魚をいっぱいつれる、おんがえしなんだと思いました。カッパのおんがえしは、他にもおんがえしは、いろいろあるんだなと思いました。漁師の人は、まだカッパに酒をあげていたので、すごくやさしい人だなと思います。漁師さんは、海に酒をながしているから、カッパも、おんがえしをつづけているんだと思いました。
私はねこづかを見て思った事が三つあります。
一つ目は、お寺に住んでいたねこが、おぼうさんでも守るのがきついきまりを、守っていた事です。ふつうのねこは、肉とかを主食でたべているけど、この昔話に出てくるねこは、お寺に住んでいて、おぼうさんでも守るのがきついようなきまりを守って、ご飯と野菜を主食にしているのでとってもびっくりしました。
二つ目は、ねこのおかげで、そのお寺が新しくなった事です。今は、このお話みたいに、そうり大臣とかの耳に入って、そのかっている人の家が新しくなるわけでもないので、昔はそんなところまでよく、おとのさまの耳に入ったなと、不思議に思いました。
三つ目は、これが私達が住んでいる福岡の昔話であるという事です。福岡の昔話は、あんまり、耳にしないけど、テレビを見ただけで、三つもあったなんて、びっくりしました。
私は、このテレビを見て、もっと、私が住んでいる福岡の昔話について、もっと学習したりしたいし、こんどは、横手や日佐等に伝わる、昔話も調べたいし、外国や、他の県に伝わる昔話も調べたいです。
私は、ねこと犬をビデオで見て、おじいさんと、おばあさんの大事なまきものを悪い人たちがとっていって、おじいさんと、おばあさんの、ねこと犬がそのとられたまきものをとりかえしに行こうと思っただけでもかしこくて、えらいなと思いました。そして、流れがあらい川があっても犬はわたろうとして、ねこをせなかに乗せてわたったことがすごいなと思いました。そして、悪い人たちのすみかの屋根うらにねこが行って、ねずみをりようしてまきものをとらせに行かせたのがねこはずるがしこいなと思いました。そして、帰るときも同じ道を通り、おじいさんとおばあさんのところへまきものをもって行ったら、ねこは大事にされたけど犬は大事にされなかったので犬がかわいそうでした。さいごに、このビデオでは、とうじょう人物、動物などを全部、紙などで全部作っていたので大変だったろうなと思ったし、ただ紙を切っただけじゃなくて、まるいかんじなどをこまかくしていたし、ペープサートのように動いていたのでおもしろかった。