私は、この猫と犬を見て、
「犬は、川をわたる時、おじいさんとおばあさんのため!と、思って川をわたったんだな。」
と、思いました。けど、猫は、
「犬が、行くんにゃら、わしゃもいくにゃ〜。わたしゃをせおってくれ。」みたいに言って、私は、
「この猫、犬だけがおじいさんとおばあさんにほめられたくないんだ。」
と、思いました。猫は、宝物を持ってきて、えらいと思うけど、ねずみをこき使って、何もしてないのに猫だけ、おじいさん達にかわいがられて、犬は、猫をせおって流れが速い川をわたった犬のほうがえらいのに…
「猫は、おじいさん達にほめられるために、行って、帰って来てほめられてうれいしいと思うけど、一緒に行った犬とほめられたくない。私だけが、ほめられたい。と、思って、犬を残して家に入って…猫はどんな、気持ちだろう。」
と、思いました。たぶん猫はうれしい気持ちの中に、犬と一緒に、ほめられたかったと思います。私は、この猫と犬を見て、だれかのために働く、ほめられるためにやるんじゃない、自分が気持ちよくなるからやる、と、いうことがわかりました。私も、クラスの、みんなのために働いて、自分が、気持ちよくなりたいです。
私は、この「猫と犬」というビデオを見て、犬は心優しいのに、ねずみをふり回す猫にだまされて、可愛いそうだなあと思いました。そもそも、悪い人達のお屋敷まで行けたのは「ぼくは、おじいさんやおばあさんの為にもいくよ!」
と言った犬のおかげなのに、猫はその犬に、感謝の気持ちも表さず、ましてや犬をだますというのにはらが立ちました。
でも、こんな事は、私の生活の中でもよくあります。たとえば、妹に私がチョコレートをあげた時、妹が調子に乗って、
「これいやだよー。おいしくなーい。」
と言って、私の方にしかめっ面をした事があります。私が言い返そうとしたら、話に出てくるおじいさんやおばあさんみたいに、お母さんが、「まあまあ。」と言って、止めた事がありました。私は、くやしくて、くやし涙を流した事があります。猫にだまされた犬は、最後、そんな気持ちだったと思います。
私は、このお話が伝わった春吉という場所の近くに行った事があります。にぎやかで明るい街でした。こんな所にあんな話が伝わっているなんて、とうてい考えられませんでした。
このお話で、一番おもしろかったところは、最後に、「こうしてねこと犬は仲良しじゃなくなりました。」という所です。なっとくいって、うれしかったです。
絵もおもしろかったです。はげしい川の流れの表現が、すごかったです。見ている私もひきずりこまれそうでした。犬が渡る時、ハラハラドキドキしました。
私は、「猫と犬」という福岡昔話を見ました。
最初に、おばあさん、おじいさん、犬、猫が住んでいる場面から始まります。私は、どんな話なのかどきどきしました。家の宝の巻物が悪者に盗まれた時、猫と犬が
「おら達が、取り返してくるけん。」
と言った場面が頼もしい猫と犬だなぁと思いました。
そしてと中で大きな川がありました。猫は、水が苦手だと言って犬の背中に乗って行きました。その後に私は、お礼を言わなかった猫に腹がたちました。
悪者のすみかに着いたら、猫の出番です。すみかのねずみをおどして、宝の巻物を取ってくるように命令しました。かわいそうなねずみは、巻物を持っていこうと必死でさがしました。巻物はかぎのかかった箱に入っていたのでねずみは、箱をかじって開けました。私は、ねずみのりっぱな歯を使ってまでしてやるなんて、すごい本気でやってるんだと思いました。
巻物を自分一人の手がらにして犬に見せた時、この猫は、なんてひきょうなんだろうと思いました。
巻物を持ってきたときに、おじいさん達は、巻物を持ってきた猫だけに礼をいい、家でかわいがりました。なので川をわたったのに、犬は、家に入れてもらえませんでした。川をわたってつかれた犬は、たおれてしまいました。私はおじいさん達に犬がいなければ川をわたれなかったことをはっきりといいたいと思いました。猫はなにもしていないのに、今楽をしているからです。私は、かわいそうな犬がたおれてからどうなったかみてみたいと思いました。
「この金魚は長生きしているね。」と友達が家に遊びに来るたびに言うのです。
私は一年生の時、ほいく園の夏祭りで金魚すくいをして四ひきの金魚を家でかう事になりました。毎朝、学校に行く前に玄関でえさをやります。でも三年生のある日、一ぴき亡くなってしまいました。また一ぴき。次々と—。そして、ついに一ぴきもいなくなってしまいました。そんなせつない思いが「猫づか」というお話を読んで分かったきがします。
「猫づか」というお話は、ある日との様の家来が、かりをした動物を昼ごはんにして、お寺の庭で食べていた。そこへ、お寺のおぼうさんがやって来たので家来達はびっくりしあわてましたがおぼうさんは、「このお寺は古いから好きなように使っていいよ。」と言われてほっとしました。食べていると中、ねこがあらわれて家来は、ねこに肉をあげました。でもねこは食べません。もう一度あげました。けれど食べません。ご飯をあげてみました。ねこはやっと食べました。家来は不思議に思いました。
その理由は、こうだったのです。「肉や酒を食べたり飲んだりする事はお寺のおきてで禁止されていた。」だから野菜やご飯しか食べないのです。人間でも肉や酒を飲んではいけないというおきてを守らないのにねこが守っていたのです。
それからそのうわさは村のほうまで広がりました。やがてとの様の耳にもうわさが入ってきました。それを聞いたとの様は「めずらしいねこじゃそのお寺を建て直そう。」と言ってりっぱに修理されました。しかし、ねこは数日後亡くなってしまいました。きっと、お寺を守ってきたねこは安心したのでしょう。村人達は大変かなしみました。たぶんそのねこはみんなに愛されていたんでしょう。私の金魚もねこみたいに愛されていたからみんな遊びに来た時「えさをあげてもいい。」とお世話してくれたのかな。
守り続けるってすばらしいなと思いました。
みなさんは、ねこが野菜を食べれると思いますか。このお話は、ねこ、村の人たち、おとのさまが出てきます。
ある日、村人が外で食べ物を、食べていると一ぴきのねこがやってきました。村人は食べ物がほしいのかと思い、肉をねこにあげました。すると、ねこは肉を食べませんでした。村人は次に、野菜をねこにあげました。すると、ねこは野菜を食べたので、ぼくはびっくりしました。このねこは、ふつうのねことちがうんだなと思いました。
そのねこのことは、すぐにうわさになり、そしてついにおとのさままでにも、伝わったそうです。そのねこのことは、村でとても有名になったので、ぼくはそこまですごいんだなとビデオを見て思いました。
おとのさまは、そのねこがえらいなぁと思いました。そこでおとのさまは、ねこが住んでいる寺が古かったので、りっぱにしろと言いました。古いお寺は、すぐにりっぱなお寺になりました。村の人たちは、すべてねこのおかげだと思いました。しかし、ねこは古いお寺がりっぱなお寺になって一日たつとねこは、死んでしまいました。村の人たちは、とても悲しみました。そして、死んでしまったねこに、小さなおはかを作りました。
ぼくは、とてもかわいそうだなと思いました。ねこはいいことをして死んでいったので幸せじゃなかったのかなと思いました。ねこは、なんで死んでしまったのだろうととても気になりました。
みなさんは、ねこがえらいといって、猫だけを幸せにしたことはありますか。このお話は、おじいさん、おばあさんの大事にしていたまきものがぬすまれ、それをとりかえしに行く、猫と犬のお話です。
猫と犬は、まきものをとりもどすために、家を出ました。
どんどん歩いて行ったら、川が流れていました。でも、犬は、水が苦手でもないから、猫をせなかに乗せて、川をわたりました。
私は、ここの部分で、猫と犬が仲の悪いはずなのに、このお話では猫と犬が仲よくしてる。なんでかなぁと思いました。すごかったことが一つあります。それは、犬が流れている川を、猫をせなかに乗せてわたったことです。
次は、猫と犬が大事なまきものをぬすんだ人たちのすみかについて、猫がねずみをりようしてまきものをとりかえしました。
そこで私は、ねこが来るとすぐねずみは、にげるのに、にげないのです。猫はねずみに命令しました。
「まきものをとりかえしてこないと、おまえ達を食べちゃうぞ。」と。それでこわくなったのかねずみは猫の言うとうりにし、まきものを猫にわたしました。私がもしねずみだったらぜったい猫の言うとうりにするよ。
猫と犬たちは、大事なまきものをとりかえして、家に帰りました。おばあさんはぶじ猫と犬、そしてまきものがもどってきたのでよろこびました。でも犬は、まきものをとりかえしたわけじゃなくて、猫を、えらいと思い犬は外で猫は家の中で、おじいさんおばあさんとくらしました。
私は、犬はかわいそうだなと思いました。わけは犬もがんばって、猫をせなかに乗せて、川をわたったから、犬もえらいと思ったからです。
これは、なぜ猫と犬の仲が悪くなったのかという物語です。
私は、犬がかわいそうだと思います。なぜかというと、猫は、ご主人の宝物をいっしょにさがしに行った犬をうらぎり自分だけがいい思いをしているからです。
猫は泳げないので、犬のせ中に乗せてもらい川をわたります。島では、猫はねずみをおどして宝を見つけさせました。それなのに、主人の所にもどった猫は、自分だけ手がらだというたい度をとったのです。
犬は、友達にうらぎられ、くやしい気持ちと悲しい気持ちだったと思います。
どうして猫は、ご主人に犬と協力して宝を見つけたのだというたい度をとらなかったのかなぁとはらが立ちました。
それから猫は、家の中でご主人にかわいがられます。だけど、これで本当に幸せなのかなぁ。
私だったら、友達をうらぎって悪かったなぁという後かいの気持ちでいっぱいになると思います。
ほめられたい、かわいがられたいという気持ちは分かるけれど、友達をうらぎるのはやっぱりゆるせない事だと思います。
私の友達は、こまった時にいつも助けてくれます。私はそんな友達を大切にしたいと思います。
猫も、犬にあやまって、仲直りができるといいなと思います。
「なんでねこと犬は仲が悪いんだろう。」
と、私はいつも思っていました。でも、ねこと犬を見て、
「ああ、なるほど。」
と思いました。その理由は、ねこと犬がおじいさんたちの宝物をとりに一緒にいったのに、ねこは犬を川で泳がせて宝物をとりかえしたのは自分だと言っておじいさんとおばあさんにかわいがられて、犬はほめてもくれなかったので仲が悪くなったんだな、と初めて分かりました。
「なんでねこは犬も一緒にがんばったんだよと、言わなかったのだろう。」
と、私は心から思いました。ほかにも初めてしった事や、不思議に思った事がたくさんでてきました。例えば、
「ねずみはよくあの大きくてかたそうな宝箱をかみくだけたな。」
や、
「ねこはどうやってぬすんだ人の家に入りこんだんだろう。」
と、いろいろ考えたりしました。そしてこのお話が福岡の昔話だったなんて私はびっくりしました。福岡のほうげんで話していたので少し分かりにくかったけど、勉強になったと思います。
「いいなぁ。私もねこと犬、それにほかの動物たちとしゃべりたいな。」
と、思う気持ちが強くなりました。いつか動物と人間が話せたらいいなぁ。と思っています。
当仁小の前にせせらぎがあって、そこに、いざきの海ガッパのどうぞうがあります。そしてその海ガッパのビデオがあります。その海ガッパでおもしろかったところを三つ書きます。
一つ目おもしろかったのは、仕事の前も酒、ふねにのっても酒ってとってもお酒ずきってことです。大すきなお酒をカッパにのまれて、すごくおこってた場面があったからそんなに大事だったらふねにもってこなきゃいいのにと思いました。
二つ目おもしろかったのは、魚をつれないのはカッパのせいだと言ってカッパをはん人にしたことです。なんでかってに決めちゃうんだろうと思ったけどカッパがあせってお酒お酒とたのんであきらめていったところがおもしろかったです。
三つ目は、ぜんぶお酒をのんでしまったカッパに
「ううん、そうね、ならまぁしょうがなかたい。おまえもさけば、すいとうちゃ、かわったカッパたいね。まっ考えてみりゃおたがいさまたい。こんどはかんべんしちゃろう」
と、言う言葉がおもしろかったです。ほんとは、かんどうするとこだと思いますが、カッパと自分をおなじにするのがおもしろかったです。
とてもおもしろいお話でした。
ぼくは、一日一回は、せせらぎがっぱを見る。でも、それはなんであるかがわかりませんでした。でも、この人形げきをみてなんであるかがわかりました。それで、感動したことを二つ書きます。
一つ目は、市衛門がやさしいことです。かっぱは、酒を飲みたくて、市衛門に、
「酒をちょっとでよかですけん飲ませてつかさあい。」
と言ったけど、市衛門は、ことわりました。その後、ねむってしまいました。起きてみると、かっぱは、酒を飲んでいました。でも、ゆるしてあげました。ぼくは「市衛門は、やさしいな」「酒じゃなくて、ほかの物だったら、ぼくは、ゆるしてなかったな」と思いました。
二つ目は、かっぱが市衛門におんがえしをしたことです。市衛門がかっぱをゆるしたから、天気がわるくても、ほかの人がつれなくても、魚がいっぱいつれました。市衛門は、かっぱのおかげだと思って、毎日海に、酒を落としました。ぼくは、「いいことをしたから、いいことがかえってきたのかな」「酒を海におとすなんて、市衛門は、やさしいな」と思いました。
ぼくは、このビデオを見て、せせらぎがっぱのことがよくわかりました。せせらぎがっぱのことがわかってよかったです。