
たからものがぬすまれて犬とねこがとりかえすおはなしでした。
たからものがあるいえのなかで、いきなりねこがでてきてねずみはびっくりしたとおもいます。
ねこと犬でちからをあわせてたからものをとりかえしたのにねこがほめられて、犬はかわをなんかいもわたったからくたびれて、ねこだけいえにはいって犬はついていけなくてさびしそうでした。犬がつかれすぎてきぜつしていておもしろかったです。一しゅうかんぐらいそとにいたとおもいます。そのあいだ、ごはんがたべられなかったかもしれないからおなかがすいたとおもいます。
おじいさんとおばあさんとねこは、わらっているのに犬だけわらってなかったです。なんかくやしそうでした。
さいごに犬とねこがなかがわるくなったから、きれいないえがぼろぼろになったとおもいます。
ビデオのさいごに、このはなしがほんとうにあったときいてびっくりしました。
犬とねことねずみが、ふくおかべんでしゃべっていておもしろかったです。

たい風で学校が休みになった日、いえでインターネットであそんでいました。すると、おかあさんが
「おもしろいどう話が見れるよ。」
と教えてくれたので、見てみました。外の風がとても大きい音だったけど、楽しくてしゅう中して見ました。なかでも楽しかったのは、「ねこと犬」というお話でした。
わたしは、どうぶつがすきです。とくに犬やねこは大すきです。でも、ねこがこんないじわるをするなんて、ちょっとがっかりしました。
わたしが一ばんこころにのこったのは、犬が一生けんめいにおんぶして、川をわたったところです。きっとおもたかったと思います。とてもかわいそうでした。
つぎにこころにのこったところは、ねずみに
「たからものをもってこないと、おまえたちみんな食うてしまうぞ。」
と、いったところです。わたしは、ねこのことばを聞いたときドキッとしました。いいかたもとてもこわかったです。それに、じ分がとりかえしたふりをして、ねずみにはたらかせてひどいです。
こんなねこなのに、かえりついた時には、ねこのお手がらになって、おじいさんやおばあさんからかわいがられました。
わたしは
「えー、なんで?」
と、思いました。ねこが
「犬もがんばったよ。」
と、いえばいいのにと思いました。ねこがじ分のことばかりほめてずるいなと思いました。
ことばでしっかりとつたえないとだれもわかってくれません。わたしは、このお話を見て、ねこのようにずるくはなりたくないけれど、いいたいことはしっかりといえるようになりたいと思いました。

わたしは、本を読むことが大すきです。きょうのじゅぎょうでは、むかし話を見ることができると聞いて、わくわくしました。
福おかのむかし話で、「ねこと犬。」というお話しがありました。私は、
「えっ?ねこと犬ってなかが悪いのに…。」と少し心配しました。
このお話は、ねこと犬がなかよしで二人できょうりょくして、おじいさんとおばあさんのぬすまれた、たから物をとりかえしに行ったお話でした。
さいしょは、ねこと犬は、自分のよさをひき出しあってたから物をさがしあてたのですごくよかったけれど、お家に帰って、おばあさんとおじいさんが、ねこしかほめなかったので、なかが、悪くなったのでした。
でも、ほんとうは、犬がねこをおんぶして川をわたってあげたので、犬がつかれておじいさんとおばあさんのところに行くのが、おくれたのです。
私だったら、ねこも犬も、ゆうかんにどろぼうのところにたからものを、とりかえしてくれたのだから、ねこも、犬も、同じように、たくさんほめると思います。どうしてかなあ?と、思いました。もっときちんと話を聞いてくれたらよかったのにと思います。
犬とねこが、よく、けんかをする事や、犬は、外でかわれて、ねこが、家の中でかわれることのりゆうがわかりました。
私は、大人になって、子どもが、このようになっても両方の子どもを、ほめてあげられる大人になりたいです。

私は今の話より昔話がすきです。なぜかというと昔話はファンタジー的でかっぱがいたり、動物と話せたりするからです。
私は一え門がうらやましいなと思います。カッパと友達になれたいいのにと思いました。
この話を聞いていろいろな事を想ぞうしました。カッパがいるということは、海のそこにカッパ族があるのかなとか、カッパも人間と同じで住む所によって方げんがちがってくるのかなとか、いろいろ考えました。
私の一番すきなところは一え門が
「おたがいさまやけん。」
と言って仲直りする場面です。おたがいさまかな?と思ったけどかっぱはそれから一え門に魚をいっぱいつらせてあげたので、
「かっぱの方がやっぱりえらいかもしれん。」
と思いました。この事についてまたいろいろ想ぞうしました。
「かっぱはどうやって魚をいっぱいつらせたのかな・・・・?」
私はかっぱが、
「こっちは漁師がいないから安心だよ。」
と言っておびきよせたんだと思います。
ほかにもかっぱがむりやり船の方に行かせたとか思ったけど、かっぱはそんないじわるなかっぱじゃないと思います。
それと一え門も最初はいじわるだったけど、本当は心優しい人だと本当に思いました。
話が終わってからも一え門は酒をあげ続けたので、「一え門もかっぱも優しいなぁ」と思いました。

私は、唐人町という、市衛門がいた伊崎に近い場所に住んでいます。この「酒の好きな海かっぱ」を見た時、私の住んでいる場所の近くにこんな楽しいかっぱのお話があるなんて、とうれしく思いました。こんなかっぱのお話がある都道府県は、あまりないと思います。
私の学校には、かっぱの親子がいます。お父さんがっぱはとっくりを持っていて、お母さんがっぱは魚を持っています。そのかっぱの親子は「酒の好きな海かっぱ」を参こうにして造ったそうです。今でも、かっぱの親子は当仁小の宝物になっています。
私がこの酒の好きな海かっぱを見て、おもしろかったところは、かっぱが全部お酒を飲んだのに、市衛門がゆるしたところです。私がもし大好きな飲み物を全部飲まれてしまったら、ゆるさなかったと思います。それどころか、船から追い出して、かっぱには一口もお酒をあげなかったと思います。あともう一つおもしろかったところがあります。それはかっぱが市衛門のお酒を全部飲んでしまったところです。私がもしかっぱだったら、市衛門のお酒はあきらめて、他の人のお酒をもらっていたと思います。そして不思議に思ったところは、お酒を少しだけ海にたらすところです。私はお酒を海にたらしても海水の味がしておいしくないと思ったからです。それを考えて見ると不思議なかっぱだなぁと思ってしまいました。
昔はかっぱがいたのかもしれないけれど、今もしかっぱがいるなら、そのかっぱに会ってみたいです。そして、かっぱと一緒に百道浜でねそべり、月を見ながらいろんな話をしたいです。

「すっげぇねこだ…。」
いくらお寺に住んでいるとはいえ、ここまでとは……。
昔話には、猫がらみの話がいくらかある。私が知っている中のほとんどが、人間に恩を返したり、何かのために一生けん命だったりと、責任感のある、りっぱな猫ちゃんたちだ。だが、ここまで、ここまでとは思わなかった。肉食のはずの猫が、野菜しか食べない。
「人間の決まりは猫には関係ないだろ!」
心の中でつっこんだ。
「人間ですら守れないのに…。」
はたして、私は守れるだろうか。今まで一つでも、完ぺきに守れたことが、あっただろうか。…いや、ないだろう。この猫のように、〈完ぺき〉では。
自分にあまえ、周りにあまえていた。見つからなければ、いいと思っていた。自分では悪いと分かっていても、ひとがいいと言えば、やってしまったことがあった。自分の考えをつらぬき通すことができなかった。流されていた、自分がいた。
この猫は、自分の考えを、知らない人の前でまで、つらぬき通していた。
「かっこいい。」
そう思った。この猫のような心の持ち主になりたい、と。
なれるかな、私なんかに。おそらく、猫はこう言うだろう。
「まずは、こうなろう、という考えをつらぬき通すことさ。」
私の第一の目標は、この猫のような人間になることです。